黒と白
君の望みは何ですか、と尋ねたら。
君はこう、答えたね。
貴方の望みは何ですか、と聞かれたら。
僕もそう、答えよう。
『虚言舞踏』
「暗いな―――」
明かりの無い部屋。
この類の部屋にはお約束の格子窓さえなく、日の光も入らない。
今が、昼なのか夜なのかも分からない。
…そんな、寂しく何も無い場所。
そこで、『彼』は、ポツリと呟いた。
「…明かりの一つぐらい、あってもいいと思うんだけどな」
そんな、どこか見当違いのことを。
彼は壁に凭れ掛かり、地べたに座りこんでいる。
―――もっとも、この部屋に椅子なんて上等のものなど存在しないが。
『牢獄』
そう呼ばれる場所。
そこに、『彼』はいる。
彼の言うとおり、暗く、音も無い場所。
彼の微かな心音が聞こえてきそうなくらいの静寂。
コツン…コツン…コツン…
と。
その静寂が小さな足音によって、静かに破られる。
…コツン…コツン
その足音は―――『彼』が閉じ込められている部屋の前で、止まる。
だが、それにも『彼』は特に反応を示さない。
電子ロックで頑丈に閉じられたソコは、如何なる者も通さない。
そしてそこを開ける権利を持つものは―――多分、相当な権力者ではないと無理なのではないだろうか?
だから『彼』は、特に興味を持たず、ぼぅ、と虚空を見やっている。
がしゃん
だが。
その、開かないはずの扉が、重い音を立てて、開いた。
『彼』はゆっくりと気配を探るために視線を向け―――僅かに目を見開いた。
視線の先にいたのは、少女―――だろう。
気配でなんとなくわかる。
(…いや、もう違うか……十分に、女性、だよな)
至りかけた思考を否定し、彼は僅かに目を細める。
―――もっとも、そんなことをしたところで、彼の瞳はほとんど見ることなど出来ないのだが。
だが、それでも。
『彼』は、精一杯にそれを見るつもりで、視線を向ける。
「何か用か?
…動機も何もかも、話したと思ったんだが?」
―――こんな状況になっても、こんな冷たくもしっかりとした声が出せるから驚きだ。
…思わず、笑ってしまいそうになる。
もっとも表情のほうはかけらも動かさないが。
―――しかし、相手の女性の方はそんな様子に少しだけ動揺したのか、僅かに強張る――気配。
だがすぐに気を取り直すと、いつもの平坦な口調で口を開く。
「―――ハイ。
今日は個人的な用で来ました、アキトさん」
「…なるほど。
そんなコトができるのは君ぐらいだろうね、ルリちゃん」
そしてそんな様子の電子の妖精()に、漆黒の王子()は苦笑を浮かべた。
機動戦艦ナデシコ
The Inmoral
Harvest
Thr ImitetionAfter of
"revenge"
折沢崎 椎名
『火星の後継者』
その名を持つ組織――いや、集団か?――は、今では有名すぎる程有名だ。
2度に渡って決起し、そしていずれも因縁深いナデシコによって鎮圧された。
草壁春樹を盟主とする彼らは、それらの決起の後も断続的に抵抗を繰り返し、小規模ゲリラ活動を行っていた。
―――だが、その集団は、つい一ヶ月ほど前に壊滅した。
…たった一人の男の手によって。
「…座っても、いいですか?」
「好きにしろ。
…だが、あまり綺麗とはいえないから、お勧めはしない」
「気にしません。
…が、その心遣いは嬉しく思いますよ、アキトさん」
『漆黒の王子()』
『火星の後継者』と同じ時期に現れ――また同様に一躍有名となった人物。
もっとも、当然ながら悪い意味で、だが。
大量虐殺者、今世紀最悪の悪魔、幽霊ロボットの主。
そんな感じで報道された彼こそ、『火星の後継者』を潰した張本人である。
それも、本格的に活動したのはたったの一ヶ月。
その戦闘力は絶大。
多くの宇宙軍、統合軍の追ってをすべて振り切り、最強といっても過言ではないだろうナデシコさえ煙に巻く。
無論、『誰か』がサポートをしているのは当然だが―――それでも、彼自身が強いのも間違いではない。
彼は、全人類の注目の的であった。
その強さから―――彼は、おそらく捕まらないだろう、とも思われていた。
恐怖の象徴として、永遠すらにありつづけるだろう、と。
――――だが。
その予想は、『火星の後継者』壊滅の翌日、裏切られることとなる。
―――なんと、宇宙軍の総司令部に唐突に出現、投降して来たのだ。
「ふぅ」
「…おい」
「なんですか?」
「…なぜ隣に座る?」
「私の勝手です」
「…人質にとられるとか思わんのか?」
「その時はその時です。
勝手に電子ロックを解除して中に入った時点で免職モノですから、気にしません」
当局は当然これ()を逮捕。
即座に最高設備―――むろん、良い待遇の意味ではなく―――の刑務所に放り込まれた。
世間は騒然。
黒幕説の一番の的であったネルガルでさえ仰天した。
―――そして今、彼はココにいるわけである。
「…しかし、よくココまで来れたな。
警備とか無かったのか?」
ふと、思いついたのだろう。
何気ない口調で―――もっとも、冷たくしっかりとしてはいるが―――尋ねる。
それに対し、彼女は肩をすくめて、
「準備は念入りにしてきましたから。
それに―――形振りかまってもいられませんし」
「…随分な用件のようだな」
常に先読みをし、確実性も後の事もしっかりさせてから動く彼女らしからぬ言動に、彼女の『私用』とやらの重大さを感じる。
――――もっとも、今の彼には何もできないが。
「はい。
…少なくとも、私にとっては」
「………言ってみろ」
「――――アキトさん。
脱獄、しませんか?」
…さらっとスゴイことを言いました、彼女。
「…正気か?」
思わず、問い掛ける。
それはそうだろう。
曲がりなりにも彼女は連合宇宙軍の少佐だ。
どう転んでも犯罪者以外には成りえない彼にそんなことを言うのは正気の沙汰ではない。
「私はそのつもりですけど」
「…俺にはそうは思えんな」
呆れた声音で答える。
だが、それに対し、
「正気でなかったら、ナデシコCを奪取してココを占拠するぐらいしてますよ」
「―――――」
絶句。
それは―――彼以上の危険人物と見なされかねない。
というか宇宙軍・統合軍どころか各企業までもが全力を持って彼女を排除しようとするだろう。
…ヘタすれば、世界の支配者になることも可能なのだから。
「…なるほど…それらと比べれば、まだ大分正気の行動だな…」
「そうでしょう?
…で、どうですか?」
そう言い、彼と同じように虚空を見やりながら尋ねる彼女。
彼はしばし沈黙し、
「―――何を考えているのか分からんが…。
俺はもうテンカワ・アキトでもなんでもないんだぞ?」
「その『口癖』は聞き飽きましたよ。
例え口調が変わっていようが技術が伸びていようが、芯の部分がアキトさんなら貴方はアキトさんです」
「何故そんな事が言えるのか、俺は分からんよ…」
ため息混じりに首を振りながら、呟く。
ルリはゆっくりと視線をアキトに移す。
彼はボロボロの囚人服を着ており、またバイザーもしていない。
五感のサポートはほとんどなく―――ただ補聴器だけが装着を許されている。
―――事情聴取等で必要だったから、つけることを許されたのだ。
ルリは、そんな彼を見ていて、少しだけ辛い。
――そして、嬉しくもある。
…こんな状況下でも、彼は変わらないのだから。
だから、彼女もいつもの調子で口を開く。
「簡単なことですよ。
貴方が、一人で―――そう、最終的にはネルガルやラピスの助けも借りずに『火星の後継者』を滅ぼした。
…それが理由です」
「ヤツらは俺をこんな体にした。
…だから滅ぼしただけだ」
「本当に?」
間髪いれず、問いかける彼女。
アキトは一瞬、言葉につまり―――
「…それ以外になにか、あるとでも?」
静かに、問いかける。
口調の変わらぬそれに、ルリはもう一度肩をすくめ―――
「顔、発光してますよ」
「!!」
言われてアキトは、ハッ、としたような顔つきになる。
ルリは呆れたような表情をして、
「全く…アキトさん、今のあなたは絶対にごまかせない嘘発見器を装備しているようなものなんですよ?
―――大方、ずっと一人だったし、バイザー等で解消されたから忘れてたんでしょうけど。
あぁ後…全てをやり終えたから今まで嘘なんて吐く必要もなかったのもありますかね?」
とぼけた口調でそういいながら、すっ、と目を細めると、
「まぁ、そんなもの無くても貴方のことは分かる自信、ありますけどね。
貴方は私の大切な人ですから」
「………」
ほとんど殺し文句なそれに、アキトは何も言えず沈黙する。
―――発光現象は、一向に収まる気配を見せない。
そんな彼を見てルリは、クスリ、と笑う。
ソレに気づいたのだろう、彼は憮然とした表情で、
「…何が可笑しい」
「いえ、別に。
…素直じゃないですね、と思っただけですよ」
「―――言っていろ。
…それより、質問に答えてないぞ」
「?
…あぁ、他の理由、ですか」
途端、ルリはいつもの無表情に戻る。
自然とアキトの発光現象も収まる。
彼女は、しばらく沈黙していたが―――
「その程度の理由の復讐なら、別に手助けを受けても問題ないでしょう?
それに―――」
ルリはそこで一旦言葉を切ると、
「…一致、しすぎています」
「…………」
それだけで。
おそらく、アキトにはもう、彼女が彼の真意を汲み取っているのに気づいているハズだ。
それでも―――無言のまま、意思を見せてくれない以上。
言葉を続けるほかに、無い。
だから、ルリは。
血を吐くような思いで()、口を開いた()。
「…ユリカさんが、亡くなった()時期と」
『ミスマル・ユリカ』
『火星の後継者』に囚われていた者の中で、ただ一人無事に帰還した女性である。
また元ナデシコ艦長としても名高い。
救助後、宇宙軍に復帰、大佐待遇で参謀直属となる。
マスコミには『漆黒の王子』との対比で一時期話題になったが、持ち前の明るさの性か、その類の記事もすぐに無くなった。
『南曇事件』の功労者でもある。
…そんな、彼女は。
一見、健康で。
なんら後遺症なんて、無かった。
―――――無かった、はずなのに。
ある日、突然に。
後遺症と思われる発作を起こし、帰らぬ人となった。
原因は不明。
遺族の強い意志により、彼女の死体は素早く―――まるで、誰にも触れさせないが如く―――火葬されたためでもある。
…ちょうど、2ヶ月ほど前のことである。
「…あの件。
イネスさんは、遺跡と融合した結果、ボソンジャンプに耐えられない体になっていた()せいではないか、と見ているんですよね?」
「――あぁ」
ルリの確信を持った問いかけに、力なく頷く。
ミスマル・ユリカは遺跡へ―――ボソンジャンプの演算ユニットへと融合させられていた。
その役割は、人間イメージ翻訳機。
イメージを彼女が分かりやすく解釈し、遺跡へと伝える。
それはつまり、彼女自身も演算しているのと同意である()。
無論、遺跡と切り離されたから、それ以後彼女が演算するようなことはなかった。
―――だが。
彼女自身がボソンジャンプすることによって、彼女は一時的に遺跡の支配下に送られるのだ。
強制的にリンク、そして『火星の後継者』による実験によって、彼女は自動的に演算を行なってしまう。
そして、その負担は人が耐えられるものではない。
融合していたときは、遺跡の一部となっていたから良かったものの、今は切り離され、繋がってはいないのだ。
それは人の脳では到底扱いきれることではない。
しかもタチの悪いことに、遺跡とのリンクは『多少』なので、いきなり致死量には至らない――疲労が溜まる程度なのだ、本人の感覚的には。
…遺跡が肩代わりしてくれるが故に。
だが、ジャンプの回数が度を過ぎれば――――。
無論、それはイネスの勝手な見解であり、真実は判ろうはずもないが。
だが他の可能論が見つかっていないのは確かである。
「アキトさんは、それを知り――――動いた。
それまでじっと動かず、後のことを軍に任せておけば安全圏にいられるように動いていたのも省みずに。
違いますか?」
「………違わないよ」
肯定。
ルリは頷くと、
「…ほら。
やっぱり、変わってない」
そういって、どこか悲しげに笑った。
「…君が、俺のコトを変わってないって言うのは分かったよ」
しばらくして、アキトが口を開く。
「でも、なんで脱走をそそのかすんだい?」
そう言って、恐らく隣にいるであろう彼女に問いかける。
「………」
彼女はしばらく沈黙していたが――――
「先日。
アキトさんの刑が、決まりました」
全然違うことを呟く彼女に、彼は目を細める。
「…随分と遅かったね」
「優秀な弁護士さんを、イイモンかワルモンかよく分からない『誰かさん』が雇ったらしく、粘ったんです」
「……お節介が…自分から立場を悪くするようなマネをしてどうする…」
ルリの言葉に、彼はため息混じりに呟く。
その呟きは聞こえているのだろうが、彼女は反応せず、淡々と、
「でも、結局その弁護士さんの努力空しく、死刑が決まりました。
いくら同情の余地があろうと、それを消し去るぐらいにやりすぎた、というのが理由だそうです」
「だろうね」
あっさりとその事実を受け入れる彼に、ルリは僅かに眉を跳ね上げる。
「…随分とあっさりしているんですね」
「最初から予想していたからね」
「…アキトさん、悔しいとかは欠片も思わないんですか?」
「正しい事をしたと思っているなら、投降なんてしないさ。
もっとも、間違った事をしたっていう気もないけど。
全て、俺が望んでやったことだからね」
肩をすくめて言うアキトに、納得した表情をするルリ。
「なるほど。
それで全てを終えた貴方は、さっさと死ぬ、と?」
「あぁ。
いわゆるアウトバーンってやつ…何もする気が起きないのさ。
一時の激情に身を任せたが故の末路だね。
だからせめて、俺のしたいこと()の犠牲になった人達に、俺が死んだっていうことを見せ付けておこうと思ってね。
償いなんて言うつもりはないどころか、ただの自己満足って分かりきってるけどね」
「一緒ですよ、償いも自己満足も。
…それで、投降したんですか」
「―――正しいことじゃないのは、さっきも言ったとおり、分かってるから」
「………」
彼の言葉に、ルリは沈黙する。
そんな彼女に、彼は微笑みかけ、
「ルリちゃん、君は優しいから、俺を死なせたくはないんだろう?
でもね――――それは、余計なお節介ってヤツだよ。
俺は生きていてもしょうがない」
「確かに生きていてもしょうがない人はいますが、少なくともアキトさんは違います」
「……本人に、生きる意志がなくてもかい?」
「今時、そんな意思を明確に持っている人なんていませんよ」
アキトの問いかけに、さらりと答えるルリ。
思わず彼は苦笑して、
「中々言うね…」
「軍人ですから。
一般の方や部下をやりこめるためにも、屁理屈は自然と身につきますよ。
…特に、ナデシコみたいな艦にいますと、ね」
「………」
言われ、彼は沈黙する。
何を言われても、彼女は平然と返してくる。
―――どうやら彼女を納得させるのは無理らしい。
はぁ
彼はため息をつくと、
「脱走ね…そこまでして俺を死なせたくないのかい?」
「はい」
即答。
彼はもう一度ため息をつき、
「…ユリカが逝ったんだ。
アイツより酷い実験をされて、多分火星の後継者以上に酷いことをした俺も、逝かせてくれても良くないかい?」
「………ユリカさんが死んだから、貴方も死ぬ…そんな資格、貴方にはありませんよ。
―――一度も会いに来てくれなかったんですから」
ルリの突き放すような言葉に、アキトは眉をしかめる。
「…俺が会いに行った所で、アイツや君の枷にしかならないのは分かりきってるじゃないか…」
「会いに来なくても枷になるのも分かりきっています。
なら、まだ会いに来てくれる方がマシです。
…ユリカさんも、私も、それをずっと望んでいました」
「………………」
沈黙。
それは、立場の違うもの同士の、互いの事情のぶつけ合い。
そしてそれはお互いが意外に頑固であるが故に、平行線のまま。
もう何度も繰り返したから、結果は分かっている。
だから彼らは、それ以上は何も言わない。
「…第一」
「?」
ルリが、ぽつり、と口を開く。
「誰かが死んだ、だから自分も死ぬ。
そんな理由で…アキトさん、貴方には死んで欲しくない」
「…?」
アキトが首をいぶかしげる。
どこか妙な感じ。
だが、ルリはそれを気にせずに―――
「そんな、自分の命に価値がない見たいなコト。
そして何より―――普通は逆なんでしょうけど―――貴方にはその誰か()しかいないみたいなことを、言って欲しくない」
「ルリちゃん…」
言い切ると。
彼女は――――
こつんっ
アキトの肩に、自分の頭を乗せる。
僅かな感触としてそれを知覚した彼は、突然のことに目を丸くし――
「…それに、アキトさん。
私…貴方がいなくなったら、独りぼっちになっちゃいます…」
「――――――!!」
ぼぅっ、と。
虚空を見やりながら―――本当に、寂しそうに呟いた彼女に。
それを気配で感じ取っているアキトは、思わずその表情を歪めるしかない。
はっ、として………しかし、何も言うことは出来ない。
ユリカが死んだという事実に酔って、後先考えず暴走し―――今、こうしているのは、確かなのだから。
「…だから、私は、貴方に死んで欲しくない」
彼女は、静かにそう言った。
「それが…俺を脱走させる理由かい?」
「――――ハイ」
「…なら、ルリちゃん。
君は俺がいなくなっても、独りぼっちなんかじゃ―――」
「家族。
…そう思えるのは、貴方とユリカさんだけです。
死のう、なんてはさすがに思わないでしょうけど……寂しさは、消えません――――絶対に」
「………」
その言葉に。
アキトは――――
「罪は、どうすればいい?」
「関係ないですよ、そんなもの…今の貴方には。
今まで気にしてなかったじゃないですか」
「あるよ。
気にしてるからここにいるんだ。
今の俺には、それで死ぬ理由には十分だ…」
「………っ!
私じゃ、生きている理由にはなりませんか?!」
「っ!」
叫ばれて。
―――けど、アキトは、何も言えない。
自分のやったことの重さをわかっているから。
本当はやってはいけないことだと、分かっているから。
――――それでも、それ()をせずにはいられなかったから。
後先も考えずに、多くの人を殺して。
全てを捨て去って。
狂ってしまった時間を、ただただ復讐という自己満足のためだけに費やして。
やりたいことをやってしまったのだから()。
例え、彼女を大切に思ってしまっていても。
その意識が邪魔をして。
言うべき言葉を―――――持たない。
(そんなことないよ?)
そう、心の中で誰かが呟く。
(ちゃんと、言葉はあるじゃない)
もう聞こえないはずの、声で。
(―――――ルリちゃんに言ってあげる言葉が、アキトにはあるでしょ?)
確かに、聞こえた。
(…そう…か?)
(アキトは、分かってるはずだよ? そうでなかったら、“言うべき()”なんて言い方しないもん)
(…それは)
(…このままルリちゃん、泣かせていいの?
泣いてるルリちゃんなんて、苦しんでるアキトなんて――――見ていたくないよ)
(……)
(――――ルリちゃんの、大切な人なんだよ、アキトは)
(…あぁ、そうか)
「…アキトさん?」
ルリが、彼を見上げている。
金色のはずの瞳は、なぜか赤く腫れぼっている。
…見えないはずなのに、なぜか泣かせてしまった()ことが分かった。
彼は少し自分が情けなくて――けど、彼女が本当に彼のことで泣いているのが嬉しくて。
だから彼は、少しだけ微笑んで、口を開く。
「ルリちゃん。
君はね、独りなんかじゃない。
新しいナデシコの皆もいるし、前のナデシコの皆もいる。
―――絶対に、誰かがいてくれる」
「…けど…私の家族は、いません」
「…家族になってくれる人が、いるかもしれないよ?」
「―――アキトさん達以外の家族なんて、いりません。
…確かに皆のことは好きですけど―――けど、やっぱり皆は仲間なんです。
家族は、アキトさんとユリカさん以外には、いないんです」
「……その家族をとることで、仲間を永遠に捨てなきゃいけないんだよ?」
「かまいません。
これ以上家族を失う悲しみを味わなくて済むのなら。
―――自分から望んで、捨てます」
「…君がとろうとしている家族は、罪人なんだよ?
そして君がやろうとしてることは、紛れも無い罪なんだよ?」
「たとえ世界の敵に回ろうと。
最後までその人の味方であるのが、家族です」
「――その家族は、どうしようもなく弱いんだよ?
鎧が無くちゃ、心を護り、隠す術が無くちゃ、戦っていけなかった、したいことも出来なかったんだよ?
…そして今、その家族には―――その鎧も、心を護り隠す術も、無いんだよ?」
「家族にそんなもの必要ありません。
―――その弱さを見せてくれればいいです、心を見せてくれればいいです。
それを得意とする私が、鎧だって努めて見せます」
「…たった二人きりになるかも、しれないんだよ?
―――もう一人の家族が、いないんだよ?」
「―――貴方が、います。
大事な家族で、何よりも大事で、愛しい、貴方が―――」
アキトの問いに。
ルリは、躊躇いも無く答えていく。
―――だから。
「…分かった。
じゃあ、ルリちゃん、最後に、もう一度だけ聞くよ」
「?」
その言葉に、ルリは僅かに首をかしげ―――
「罪は、どうすればいい?」
彼は。
静かに、問い掛ける。
そして、ルリは。
一瞬、惚けたように彼を見上げていたが――――
(…そういう、ことですか…)
――――すっ、と顔を引き締めて。
「――――私を、幸せにしてください。
罪の意識を背負い、ユリカさんのことを忘れずに、すべてを覚えたまま。
―――私を、幸せに」
(…やれやれ)
それ()に答えるように、アキトは内心で呟く。
(…そう、だよな)
(俺たちは、家族だもんな…)
(ユリカには、先立たれちまったけど…)
(まだ、ルリちゃんっていう、大事な家族が、いるもんな――――)
(俺のこと、まだ大事に思ってくれている、家族が)
…死ぬわけには、いかないか
「…分かったよ」
「え?」
アキトの言葉に。
ルリは、驚いたように目を丸くする。
そんな彼女に、彼は微笑んで。
「ルリちゃん。
俺は、君を理由にすれば、君に縋れば、生きていけるかもしれない。
…俺は、弱いからね。
――――そんな、俺で、本当にいいのなら。
…この世界に、もう一度刃向かって――――生きるよ」
「――――――っ!
はいっっ!!」
その言葉に。
彼女は――――ぼろぼろと、涙をこぼしながらも。
本当に嬉しそうに、微笑んで。
――――――大事な家族の胸に、飛び込んだ
君の望みは何ですか、と尋ねたら。
君はこう、答えたね。
貴方の望みは何ですか、と聞かれたら。
僕もそう、答えよう。
「…貴方といれたら、それでいい」
『虚言舞踏』
あとがき
さて、そんなこんなで。
ご無沙汰しております、折沢崎 椎名です。
…ってーか、リクの短編でお待たせするってのもどうよ?(汗
しかも、微妙にルリ×アキトって言うよりは、ルリ→アキトだし(滝汗
…ほんっとうにごめんなさい、こんなものしか書けなくて。
本当はこの後に、一緒に脱獄して、甘々〜なシーンが沢山盛り込まれる予定だったのですが…。
…ココで切った方が収まりよかったからきってしまいました、ごめんなさいm(__)m
こっから言い訳なんで見苦しくて申し訳ないのですが…。
自分自身、コレ書いてて、「あ、コレは長編用に書いたほうがよっぽどいいかも」と思ったぐらいですから。
いけませんねぇ、ナデシコ書くと自動的に『堕天』モードになってしまって、ついつい長編っぽくなってしまう(半泣
…こんなので良かったら、納めてやってください…。
うぅぅぅ、本当にこんなのしか書けない自分に自己嫌悪…。
(11月25日・書き上げ)
おまけ
「…で、ルリちゃん」
「はい?」
「…これからどうやって脱獄するの?」
ゴロゴロ、と腕の中で甘えてくるルリをあやしながら、アキトは尋ねる。
先程抱きついてきたときから彼女は一向に離れようとせずに、ずっとこうして甘えているのだ。
―――アキトは気づかないし元から目も見えないのだが、恐らくっていうか絶対に今の彼女は猫耳が生えている。
「あ、大丈夫です、ちゃんと用意してますから」
「…よ、用意?」
「ハイ。
…でも今は、もう少しだけ……」
そう言って、彼女はまた、腕の中で、ごろごろ、と甘える。
ヘタしたら喉すら鳴らしかねないぐらい猫化している。
「……いや、あの…。
人、来るかもしれなから」
「…それもそうですね。
折角甘えているときに邪魔されたら、いくら私でも何するか分かりませんし」
―――むしろ、ルリだからこそ、だと思うのだが。
「さて、それでは―――」
そう言って。
彼女は、おもむろに腕のコミュニケを操作し――――
“はいはい、ルリさん、何か用ですか?”
金縁眼鏡に赤いベストの男性が、ウィンドウに現れた。
「…え?」
そしてその声に、呆然とするアキト。
「皆さん、やっぱり私、諦められませんでした。
…ですので―――脱獄陽動、お願いします」
だがルリはそれを気にせずに、彼―――正しくは、彼の後ろにも人がいるので、彼ら―――に向かってそう言った。
ウィンドウの中の彼らは、一様にため息をつき、
“やれやれ、やっぱりそうなりましたか”
“…まぁ、最初から予想はしていたが”
“―――ふん…まぁ、いずれにしても、我々は依頼どおり行動するだけだ”
そう、口々にそういう。
「…え、ええ?」
そしてさらに聞こえる―――かつては聞きなれた声に、アキトは更に困惑する。
「はい、そういうワケですので…。
皆さん、お願いします。
そして…さようなら」
“はい、ルリさん。
お幸せに”
“さらばだ”
“…テンカワ、幸せにな”
そして。
そのウィンドウは、掻き消えた。
「ふぅ…さて、急ぎますか」
「えーっと…ルリちゃん…今のって…」
一仕事を終えたかのように髪を掻き揚げるルリに、アキトは恐る恐る尋ねる。
「え?
あ、今のはちょっと協力を依頼したエージェントですよ?」
「…プロスやゴートどころか、月臣の声までしたけど?」
「―――ネルガルSSの彼らが来ると思います?
これ以上企業の立場が危なくなったらいけないのに」
(…つまり、彼らは個人で動いた、と)
アキト、流石に冷や汗をかきつつ、ため息。
ルリは苦笑すると、
「ハイ、アキトさん。
ちょっと顔を顔を上げてください」
「?」
言われて顔を上げ―――急に、視界に光が戻る。
「――――?!
…これは…!?」
突然のことに声を上げる彼に、ルリは、クスリ、と笑うと、
「アキトさんのバイザーのデータをネルガルからハッキングして作ってもらったサングラスです。
これで目はちゃんと見えるようになりますし、発光現象も抑えられます。
あ、実生活用に普通の眼鏡もありますから」
「………」
唖然とするアキト。
―――だが。
っどぉぉぉぉぉんっっっ!!!
それも、唐突の爆音に引き締まる。
「な、なんだ!?」
「あ、大丈夫です。
陽動作戦ですから」
……………………………………………。
「…はい?
って、まさか、月臣たちがやっているのって―――!?」
「…(にっこり)」
極上の笑みを浮かべる彼女に、アキトは流石に引く。
――――が、なんとか意識を戻すと、
「…って、確かに陽動にはなるけど…いったいこれからどうするの?」
「あと数分もすれば、ここの職員の避難も完了するでしょう。
…そして、ココに入れられいてるのはアキトさんだけです。
――――だから、ココはすぐに完全爆破されます」
『完全爆破』、という言葉に背筋が寒くなるのを感じるが―――
「…俺たちはどうするの?」
「私達にはコレがあるじゃないですか」
そう言って差し出したのは――――チューリップクリスタル、略してCC。
つまり―――ボソンジャンプして逃げろ、と。
「…用意周到だね、ルリちゃん」
「だから言ったじゃないですか。
用意はちゃんとしている、と」
っどぉぉぉぉぉんっっっ!!!
先程より大きな爆音が響く。
「…さ、アキトさん、急ぎましょう。
巻き込まれてしまいます」
そう言って―――アキトの腕にしがみつく。
「ル、ルリちゃんっ!?」
そしてその行動に、さすがに目を丸くする彼。
さっきまでは微弱な感覚と気配だけだったが―――しっかりと視認できる以上、恥ずかしさはしっかり出てくる。
そんな彼に。
彼女は―――
「置いてけぼりにされてはたまりませんから」
―――舌を、ぺろっ、と出して、いたずらっぽく笑った。
「〜〜〜〜〜」
アキトはしばらく声も無くうなっていたが―――やがて、ふっ、と笑うと。
「…ま、いいか。
ルリちゃんとはこれからずっと一緒だしな」
「…卑怯ですよ、いきなりそういうこと言うなんて」
「お返し」
そう言って。
彼は、CCによるジャンプフィールドを展開する。
彼らの周囲は、ボソンの光に包まれ―――
「あ、そうです」
「?」
「――――伝統を、踏みましょう」
「…え?」
唐突にルリが口を開き――――少しだけ背伸びする―――アキトの、唇に。
ちゅっ
「――――――――――――!!!?」
突然のことに、アキトが何か言う前に。
しゅんっっ っどぉぉぉぉぉんっっっ!!!
ジャンプし、その直後、その『刑務所』は、爆破された――――。
「…上手く、いきましたかな」
「えぇ。
予定通りです」
その爆発を、遠くから見やりながら。
「…テンカワ達も、おそらく上手くやっただろう」
「ですな」
3人の人影が、静かに、ミッションの成功を確認し―――。
「…後は、あの人たちが平和にやっていけるかどうか、ですな」
「大丈夫でしょう、あの2人なら」
「…無用の心配だ」
「―――そう、でしたな」
それぞれに呟いて。
彼らは、踵を返し―――彼らの世界へと帰っていった。
ただ、静かに――――彼らの幸せを、祈りながら。
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