第二話
「あなただれ?」
そう、救いは唐突に現れたのだ。
純白。
『その人』はこの暗く黒い世界の中、月の光が優しく包み込んでいるかのように淡く、しかし煌煌と輝いていた。
「あなただれ?」
『その人』は白。
風に撫でられ流される髪は月光を纏い白銀に輝き、
白墨のような肌は暗闇に犯されることなく、むしろ暗闇を追い遣るようにそこに在る。
そう、まるで…雪の花。
「あ・・・・・」
だから余計に『線』が映えた。
だから余計に『その人』は美しかった。
「もしかして七夜の子?」
「えっ・・・?」
「一週間前ぐらいに来た子だよね?」
『その人』の声は鈴のように澄んでいて、狂ったぼくの心にもよく響いた。
そのおかげでぼくは『その人』がぼくと同じ人間・・・
いや、ぼくが『その人』と同じ人間であることを思い出した。
「う ん 」
ぼくが答えたのが嬉しいのか、
『その人』は花のような笑顔を浮かべながら
「そっか。お名前は?わたしは六花。巫淨六花」
そう謳い、この漆黒と呼べる闇よりさらに黒い瞳でぼくを覗き込んでくる。
その眼はぼくの姿を写し、離さない。
まるで己の全てを見透かされているような錯覚さえ覚えた。
その姿はさながら姫・・・そう、雪の姫。
雪の姫。
『その人』の凛とした姿に余りにも似合い。
そして『その人』巫淨六花の歳には余りにも不釣合いなその態度がとても可笑しく。
ぼくも笑った。
「志貴。ぼくは七夜志貴。よろしく六花ちゃん」
人が蹲っている。
夜の闇に呑まれるよう、森の闇に包まれるよう。
儚く、そして恐ろしく、その人は漆黒の中に在る。
「あなただれ?」
気付いたらそう口にしていた。
『その人』が振り向く。
なんてキレイな蒼い眼・・・
この暗闇に呑まれることなく爛々と輝く蒼。
『その人』は黒。
暗闇に同化するよう、自然にそこに居る。
―その中で、その『眼』だけが蒼かった。
「あなただれ?」
再度尋ねる。
『その人』はわたしをその『眼』で見ている。
―背筋が凍る…
見られているだけなのに身体から熱が逃げていく。
これは、そう。死
逃れられない死に見つめられ身体が強張ってしまう。
しかしその眼に宿る光は優しさに満ち溢れている。
その懸隔をわたしの心はどう捉えたのだろうか・・・
知らず動悸が高鳴る。
―まるで恋をしてしまったみたいに
優しい死線に見つめられわたしの心は酔ってしまったのかわたしは恐怖を少しも感じなかった。
恐ろしいのに、怖くない。
そんな矛盾した心を抱えたまま『その人』を見つめる。
「あ・・・」
喋った。
その声は幼くかわいく死には程遠い。
緊張してしまったわたしが馬鹿みたいだ。
それにしても何故だろう。未だに胸は収まってくれない。
むしろ更に高鳴り、『あの人』にも聞こえてしまいそうなぐらい強く脈動している。
恥ずかしい。初対面の人にこんな姿を見られるのは嫌だ。
と言うより誰なんだろう?里にはこんな子いない・・・
そして、わたしはあることに思い至った。
「もしかして七夜の子?」
「えっ・・・?」
「一週間ぐらい前に来た子だよね?」
そう。一週間ぐらい前から七夜の子供が来ていたのだ。
いつもなら大人と子供、十数人で来るのに、今回は子供一人だったから不思議に思っていた。
「う ん 」
『その人』は答えた。弱く悲しい声だったけど答えた。
「そっか。お名前は?わたしは六花。巫淨六花」
『その人』はキョトンという音が似合いそうな顔になり、その後すぐに何がおかしいのか笑いだした。
馬鹿にされたのかとも思ったが何故か腹は立たない。
むしろそれを嬉しく思ってしまっている自分が居る。
そして『その人』は言った。
「志貴。ぼくは七夜志貴。よろしく六花ちゃん」