第四話





わたしは今裏山にいる。
何故かは言えない。言えないけど言いたい。

―そう・・・わたしは今泥棒なのだ。









あの後。


志貴ちゃんは落ち着いた。
わたしの前で目をつむり静かに座っていた。

意味が無いと言っていたにもかかわらず目を瞑っているのは『線』を見たくないという意思の現われなのだろう。

「志貴ちゃん。まだ見えるの?」

わたしは確認のために訊いた。

「うん。さっきみたいに強くは見えないけど、それでも見える。」

今の状況を正確に報せてくる。
根は冷静なのかなー?とか思っていると、

「気持ち悪い・・・」

なんてかわいいことを言っている。

こんなことを考えている場合じゃないことぐらいわたしにもわかっている。
でも我慢できないものはできないのだ。悲しい人の性・・・


「我慢できない?」

今は志貴ちゃんの身体を第一に考えるべきだと判断し、ヨコシマな考えは隣に置いておく。

捨てないのはもちろん後でまたヨコシマを再開するつもりだからだ。

「うん・・・男の子は我慢しなくちゃいけないのにね」

あ・・・。ヨコシマ再開な勢いだ。

暴れ出しそうなヨコシマを必死に押さえて考える。






「わたしに任せて。きっとうまくいくから」

ある一つの案が浮かんだのだ。








そうしてわたしは今ここにいる。

巫淨家、つまりわたしの家は退魔の家系だ。
浅神、両義、志貴ちゃんの家七夜、そして巫淨。
この四つの家が日本を代表する退魔の家系らしい。

そのなかでわたしたちの家、巫淨は『呪』に優れていると言う。
詳しいことはよくわからないが、そうらしい。
それなら何かを封印する道具や薬があっても不思議ではないはずだ。


それに。





「お母さま」

「どうしました?そんなに畏まって」

「わたくしたちの家に、何かを封印できるものはありますか?」

「ありますよ?と言うより何故そのように畏まるのです?」

「お母さま。それはどこにあるのでしょう」

「ですから・・・どうしました?」

「どこにあるのでしょう?」

「・・・裏山の倉庫です。それで、どうしました?」

「ありがとうございます。お母さま」

「・・・」





と、さりげなく聞き出しておいた。

だから何かしら封印するものがあるはずだ。

巫淨の倉庫は平時、鍵一本で開くという無警戒ぶりだ。
異常時は結界が張られ強固になるらしいが・・・怪しいものだ。
それに当然見張りもいない。

だから当然わたしみたいな子供でもお手軽に入れるはずだ。

「もう少しぐらい警戒してもいいのに」

「あら。それではあなたがこまるでしょう?」

「それはそうだけど。こんなに簡単だとおもしろくない」

「それならば見張りを残しておくべきでした。ごめんなさい」

「うーん。でもわたしは遊び  に きた ん   じゃ?」

「わかっています。封印するものを取りに来たのでしょう?」

わたしはさっきから誰と話していたのだろう・・・
もしかして、と言うよりやはり

「お母さん」

「なんですか?早く進みなさい」

暗闇でもわかる。
『してやったり』そんな顔をして笑って、いや爆笑している。

「まったく。黙ってみていれば肝心な物を忘れて・・・」

「ごめんなさ・・・・え?」

怒られると思ったらどうやら違うみたいだ。
なにやら色々と取り出している。
母の着物の懐からいろいろな物が出てくる。
懐ってそんなに物が入る仕組みになってたかなぁ?

「はい。懐中電灯、それと倉庫の鍵。月が出ているとは言え、倉庫の中は真っ暗です。
そんなくだらない事で娘に怪我をさせてしまったら親失格になってしまいます」

「えっ・・・あっ・・・」

予想だにしなかった事態に混乱しているわたしをおいて話はどんどん進んでいく。

「ほら行きますよ。あれはたしか、子供では手の届かない場所にあります」

そう言ったが否や母はズンズン進む。

思い出したかのように振り返り

「理由は訊きません。
 貴方がこうまでするに相当な理由があるのでしょう」

やはり勝てない。
そう思いながら母の後を追った。







ガチャ

油が定期的に注されているのか錠はすんなり開く。
しかし、手抜きなのか敢えてなのか扉には油が注されておらず、わたし一人では開けられなかった。

「どうしたのです?お開きなさい」

わざとだ。
どうやったかは知らないが、わたしがここに来るとわかった時にこの扉を錆びつかせたのだ。

「手伝ってください。お母さま」

語尾にハートが付く勢いでわたしは言う。
なんだか非常に理不尽さを感じる。
が、今そんな感情を表にだしてしまったらただではすまない。
それに機嫌を損ねてしまったら空けられない。

くやしいが我慢するしかないようだ・・・

「私は何も聞きません。故に手伝うことはできません」

なんて切り返してくれました。
わたしには「話せバカヤロー」と聞こえたが、
それを言うと本当に斬られてしまいそうだから秘密だ。

「はぁ・・・」

「何です?そのため息は」

「志貴ちゃんにあげるの。これでいいでしょ?」

観念して吐くことにする。
話さなかったらおそらく何時間でもいたちごっこになっていたことだろう。
本当は言いたくなかったが無駄に時間を浪費して本来の目的"志貴ちゃんを少しでも早く楽にする"が遂行できなくては本末転倒だ。

「あの子にですか?
確かに浄眼は時として危険を孕むものもあると聞きます。
ですが浄眼とは、本人の意思により切り替えができるはずです」

そう言いつつも扉に油を注し、開けてくれた。
当然油も懐から出てきた。うん。不思議だ。

中は暗く灯りが無ければ何も見えなかった。
倉庫は灯りをつけて自分の周りがやっとわかるほど濃い闇に沈んでいた。
母の用意の良さに改めて驚き、同時に感謝する。

「浄眼?」

毎度の事ながら、母さんの説明にはよくわからない単語が多い。

「七夜の一族が持つ特異な眼です。
個々によって能力、その度合などが違うと聞きますが、
基本としては戦闘を補佐する、例えば感情の流れを見たりする能力であり、
直接作用する、例えば空間を捻じ曲げる能力などは持ち得ません」
改めて思い出す。
確かに志貴ちゃんは目が変になってしまったと言っていたが、実際に壊したのは自分だとも言っていた。
それに『線』が"視える"と表現していたから直接作用するものではないだろう。

「志貴ちゃんもそんなことしてなかったよ」

「そうでしょう?故に本人に閉じるという意志さえあれば浄眼は危険でもなんでもありません。
仮に直接作用することの出来る能力だとしても前者同様意志さえあれば大丈夫なはずです。」

それはおかしい・・・
どうやら志貴ちゃんの苦しみは訓練、もしくは何かに気付くだけで抑え込める可能性もあるらしい。
志貴ちゃんの才能がどうかわからないが、見た限り決して劣っている印象は受けなかった。
仮に劣っていたとしても抑えようとする意思が大事ならば、志貴ちゃんはそれを充分持っていた。

だからどちらにしても抑えられるはずである。
しかし実際はまったくと言っていいほど抑えられていない。
それどころか『眼』の影響で暴走してしまっていた。

「でも志貴ちゃん苦しんでたよ?嫌がってたよ?」

それを彼は物凄く嫌がっていた。
自分が知らない間に自分が何かを壊してしまうんじゃないかと・・・

「妙ですね・・・七夜志貴。彼の父親は七夜でも秀でる、優れた当主でした。
その子息である彼が浄眼を操れないとは・・・
 何か変わったことは?」

「わからない。でもすごく苦しんでる。
 だから助けたいの・・・お願い。お母さん」

どうやら志貴ちゃんの浄眼はとても特殊らしい。

志貴ちゃんは才気溢れる有望な七夜のようだ。
それならばやはり抑えられないとおかしい・・・
母さんもその点がはっきりすれば明確な対処をできると暗に言っている。
しかしそれはわたしにとってとても些細なこと。
仮に理由がわかったとしても何も変わらない。
わたしにとっての事実は今彼が苦しんでいることに他ならない。

「・・・」






さてどうしたものか。
六花の話を聞く限り七夜志貴の持つ浄眼は単なる浄眼ではないのだろう。

だからと言って巫淨の物を簡単に他家に渡せない。
私だけで決めて良いことではないし、決められないことだ。

でもここで、無理です。とは言えない。

先から無言でこちらを睨んでいる六花がそれでは納得しない。
六花は七夜志貴を本気で心配して、本気で助けようとがんばっている。
そしてそれを親として、女として応援してやりたいと思う。

―となると、方法は二つ・・・










「六花」

「なんでしょうか、お母さま」

私の口調から大事な話だと気付いたのだろう背を伸ばし姿勢を正す。
我が娘ながら聡い子だ。


曖昧な記憶を頼りに棚を漁る。
それらしい箱が見つかり、六花に手伝って貰いながら床にそれを降ろした。
箱に巻きつけられていた紐を試行錯誤しながら解く。
そして箱から純白の布を取り出し、六花に手渡しながら説明する。




「彼に呪布、これが貴方の欲しがったものです。これを渡すには二つ方法があります。
 一つは巫淨に彼を迎えること。つまり養子ですね。
 彼が巫淨となれば何の問題も無く渡すことが出来ます。
 もう一つが貴方もしくは里の娘と婚約を結び、将来巫淨と連なると約束することです。
 どちらも彼を巫淨に縛る事は変わりませんが、前者は巫淨となり、後者は七夜のまま。
 彼が選ぶとしたら後者でしょう・・・」





母の目がその覚悟があるのか?と、つまり彼のために身を呈する事が出来るのかと尋ねてくる。

「わたしが決めることではありません」

そもそもわたしが選ばれる事すらないかもしれない。

「そうですね。ですが、貴方の意志も大切です」

万が一のため・・・
そんな風に訊いてきているが、そんな事決まっている。

「わたしは構いません。彼がわたしで良ければの話ですが」







驚いた。
この子はもともと人見知りをする子だ。
その六花が事の大きさを理解しながら、本気で言っている。
七夜の子は今夜目が覚め、六花と居るところを保護された。
六花は彼を森で見つけ話しながら屋敷まで戻ってきたと言っていたが、その間に何があったのだろう。
その短い時間で彼を信頼しきっている。

「ならば良いです。もしそうなったら貴方に任せます」

だから少し反抗してやった。
おそらく六花は第一案が『六花と婚約』でもかまわないのだろう。
しかし、しかしだ。親として我が子をそう簡単に男にわたしていいものか・・・否である。

六花は少し残念そうにしながらついてくる。
その胸に呪布を慈しむかのように抱きながら。









部屋の外、襖を隔て人の気配を感じた。

「だれ?」

「わたし」

六花ちゃんが来たみたいだ。
他にも誰かいるみたいだけど、六花ちゃんに緊張している気配はない。
だから敵ではないのだろう。

「もう一人は?」

「六花の母です」

ぼくは飛び起きた。

「失礼いたしました。気付かず無礼を・・・私に何か?」

「そんなに畏まらなくていいですよ」

そう言いながら、失礼します。と部屋に入ってきた。

「寝ていたのですね。すみません」

「いえ・・・それで何か?」

「そんなに畏まらないでください。話しづらいです」

「はぁ・・・。それならばそうさせていただきます。
 それで、どんな用事ですか?」

そう訊いた途端、空気が変わった。

「六花」

六花ちゃんが前に出る。
手にキレイな布を持っている。
その布に目を奪われた。
思わず餌を前にした犬みたいにそれを目で追いかけてしまった。

「志貴さん。これを渡す前に二つ質問をします。
 始めに、貴方の浄眼は閉じられないのですか?」

話し掛けられ初めてその醜態に気付き顔が火照るが、それどころでは無い言葉を耳にした。
今確かにこう言った。『浄眼』と・・・
驚いた。
巫淨と七夜は浄眼の秘密を教えるほど深い付き合いをしていたなんて。

「浄眼は既に持っています。
 それに浄眼ならば既に制御できています。
 何が切っ掛けかわかりませんが、この眼には新たに能力が付加されました」

だけどそれはありがたい。
もし浄眼を知らなかったらこの不可思議の『線』を説明する際、自分の浄眼の説明までしなければならない所だった。

「そうですか。それでは最後に・・・」

やけにあっさりとした質問だと思う。
目の前の布は一目で貴重品だとわかる代物だ。
それをこんなに簡単な質問で渡してしまって良いのだろうか?

それになんだろう?この迷っているような顔は・・・

「六花と婚約できますか?」









「六花と婚約できますか?」

言ってから後悔してしまう。
たしかに見てみて良い子だとは思った。
なんと言うか、人を惹きつける魅力がある。
それに娘の希望を叶えてやろうという気にもなった。

だから機を窺がわずに口走ってしまった。

しかしまだ説明もしていない。
そんな状況でいきなり言われても困惑するだけだ。

今更ながら後悔してしまう。

「ナンデデスカ?」

実に素直な子だ。混乱しているのがよくわかる。

「呪布を渡すためには巫淨と連なる必要があります」

ふと思い付き、事実だけを簡潔に伝えてみる。

「つまり交換条件だと?」

彼は少し寂しそうにそう言った。

「それならばお断りします」

しばらく考えると思ったが、すぐに断ってきた。

「何故です?貴方に何も不利はありませんよ?
 婚約も守らなければ良いだけですし」

「それは・・・」

この子は本当に正直だ。
六花が信じるのもわかる。

「えっとですね・・・」

このまっすぐな少年をこんなくだらない意地で困らせる事はきっと罪だ。
だからもう良いだろう。

「もういいですよ」

「えっ・・・」

「貴方に差し上げます。婚約をする必要もありません」

この子はいい子だ。
願わくば当人達の意志で婚約をしてもらいたい。

「しかし、婚約をするなら私は反対しません」

その言葉の意味を理解し志貴さんは固まり、六花は頬を紅くする。

「悪い話ではないと思いますが?」

「・・・・」

彼は黙り、六花は期待を込め彼を見つめている。

どのくらい時間がたっただろう。
その間少しも身体を動かさず、虚空の一点を睨んでいた彼が突然姿勢を正し、六花に向いた。

それに応えるように六花も彼に向き直り姿勢を正す。

「お願いします」

そしてなんの飾り立てもせずに愚直にそう言った。
それを聞いて私は笑ってしまった。
正直にも程がある。
せめてこういう時ぐらい女を惚けさせる事を言えないのだろうか。

しかし六花も六花だ。
六花はその言葉で満足なのか親の私でもそんなに見る機会が無い晴れやかな笑顔で、そしてどこと無く照れているのか微かに頬を紅くしながら

「お願いします」

そう返し、頭を下げた。
その姿にもう一度笑ってしまう。
二人して古い。親の私ですらもう少し華やかな婚約だった気がする。

一通り済ませ、もう止まる必要が無いのか六花はそのまま志貴さんに抱きついた。










でもまぁ・・・その様子を見ていると運命というものがあっても良いのではないかとさえ思えてきた。

その子供染みた考えに笑ってしまう。
どうやら私も大人に成り切れてないようだ・・・
でも良いだろう。嬉しいことが不幸を呼ぶはずなんて無いのだから。