◇◆◇◆
冬にしては比較的暖かな陽気も、日陰にくればそれ相応に寒いという事実を六花は身に沁みて感じていた。
「ごめんなさいね。こんな場所で」
朗らかに笑う遠坂凛と何故かいる衛宮士郎に囲まれ、六花は身同様心も冷たくなり始めた。
三人は今、屋上の隅にあるベンチに座っていた。
士郎は女子と同じベンチに座るのに躊躇いがあるらしく、立っているのだが、さり気なく日向にいる。
恨めしい思いを込めて見つめると、士郎は忙しなく視線を巡らし、最終的に凛を見た。
そして、凛が情けない行動をとっている士郎をもの凄く睨んでいるのに気付き、顔から血の気が引いている。
和やかなようで、その実、三人の間に流れる空気は張りつめていた。
このまま時間が過ぎれば、段々抵抗する気力を削がれてしまうのではないかと危惧し、六花は意を決し、口を開いた。
「ううん。でも、どんな用事なの? 遠坂さんが私に何かあるって珍しいよね」
「ええ。特殊な事情なんです」
凛は意味ありげに士郎に目配せし、士郎は戸惑うように六花を見た後、軽く頷いた。
士郎は二人に背を向けると、半身をこちらに見せたまま、壁に寄りかかった。
一見意味の無いその行動は、おそらく屋上への出入り口を見張る為のものだろう。
そう判断し、六花は逃げ場が無い事を再確認した。
「早速で悪いんだけど、昨夜一緒に歩いていた男の人は誰?」
予想通りの質問に、六花は微かに動揺したふりをする。
凛の目が一瞬細まるが、それもすぐに元に戻った。
「えっと、何でかな?」
六花がどもるように答えると、凛は微かに笑みを浮かべた。
―――勝った。
内心で逃げ切れた事を喜びつつ、六花は細心の注意を払って演技を続ける。
「それは…そうね、その前にはっきりさせておきましょう。
貴方退魔師よね? 隠さなくてもいいわ。貴方が冬木に来た時に調べた事だから」
ここまで短刀直入に訊かれるとは予想していなく、加えて衛宮士郎というまったく予想しない人物がいる事に六花は戸惑う。
「あぁ、安心して。衛宮君は私の協力者で、魔術師よ」
六花の視線をどう取ったのか、凛は訊きもしなかった士郎の素性を簡潔に述べた。
ここにいる時点で予想内だった士郎が魔術師という言葉に、それでも六花は僅かに動揺してしまった。
六花の中にある衛宮士郎という人物像から、魔術師という単語をどうしても連想できなかったからだ。
必死の思いで、表に出そうな感情を留め、六花は凛に視線を戻した。
「…うん。でも、よく調べられたね。簡単にわかる事じゃないんだよ?」
「私はこの土地の管理者ですから。
そして、魔術師。貴方もそれぐらい知っていたんでしょ?」
思いもしなかった質問に、六花は答えるかどうか悩んだ。
肯定すれば、何が起きるかわからず、否定すれば、自分の組み立てたものにボロが出る。
絶対に避けなければならない事は、後者。
「うん。さすがに引っ越す場所がどんな所なのかは調べるよ」
「そう。なら話は早いわ。
それで、昨夜貴方と歩いていた男性は魔術師で間違いない?」
ドクン
何回も模索し、全ての可能性を考えたその問い。
これを切り抜ければ“切り札”を取っておける。
緊張からか、覚悟していたはずの心臓が、一気に高鳴った。
「そうなの?」
「え?」
凛は六花の理解しがたい発言に眉を寄せた。
それを見た六花は、思い出したかのように付け加える。
「えっとね、彼とは十年ぶりに会ったから。その間何をしてたとかわからないんだ」
「…本当に?」
「うっ…証拠なんて無いよ」
怯む六花を横目で見やり、凛は額に手をやった。
付き合いの浅い凛では、六花が嘘をついているのかどうかすら判断できない。
目前で見てみてわかったが、今の六花に特別な魔力の流れは感じない。
魔力殺しで殺しているなら、すっぱりと断ち切られているはずの魔力も、一般人より多いが感じられる。
魔力が多いのは、単に退魔師の家系だからだろう。
協力者なのかとも思ったが、英霊相手に何も出来ない者を巻き込むメリットを考えてみると、それも成り立たない。
六花が退魔師だとしても、相手が相手なだけに、それは同じ事。
人間を巻き込むなら、それは自分にとって完全な第三者か、参加者の知人が好ましい。
完全な第三者ならいつでも殺せるものとして、知人なら有効な脅迫材料として使えるからだ。
だが、それが自分の知人だとなると話は別になる。
マスターとサーヴァントだけなら、自由に動き回れるものをわざわざ守る対象を増やし、行動を著しく制限する事になるだけだ。
そして、一緒にいる所を誰かに見られでもしたら、相手に弱点をさらけ出す事になる。
―――どういう事?
理論で言うなら、昨夜の男と六花が組む理由が見当たらない。
凛たちのように二体サーヴァントを保有しているなら話は別だが、昨夜凛のパートナーであるアーチャーは連れているのは一体だけだと言っていた。
アーチャーの持つ千里眼のスキルを考慮に入れると、彼の勘違いだという事はまずない。
何より、あのアーチャーがそんな初歩的な誤認をするはずがない。
しかし、凛の勘がそれら全てを否定する。
六花と男は間違いなく協力関係にあるのだと。
昨夜、遠方から見た六花は凛の知るどんな彼女より嬉しそうに笑っていた。
そんな相手が、彼女に何も関わりがないとどうして思えるだろうか。
だから、男は何らかの理由で、わざわざ弱点を増やしたのだ。
「そりゃそうよね。そうだ。その彼を呼んでくれないかな?」
あり得ない可能性の中から、しかし凛は六花と男が協力関係だと踏んだ。
仮に間違っていたとしても、男がマスターである事は間違いない。
どちらにしても一度、あの男と接触しておいた方が良いと凛は判断し、話を進めた。
「え? 志貴ちゃんをここに?」
予想外の提案に、六花は思わず志貴の名前を零した。
慌てて口を紡ぐが、凛は嬉しそうに六花を見ていた。
「そ。志貴ちゃんをここに呼んで、私に紹介してくれないかしら」
凛はニシシと肩を竦めて笑い、立ち上がった。
身体が冷えたのか、小走りに日向にいる士郎の横に移動する。
「わかった。じゃあ放課後に来るように言っておくね」
予定とは違うが、六花は、マスターは志貴だという先入観を凛に植え付ける事に成功した。
後は電話をかけるふりをして、ライダーに来てくれるよう頼むだけでいい。
急に気楽になった六花は、浮かれついでに先から気になっていた事を訊こうと凛を見た。
「遠坂さんって、普段はそういう喋り方するんだね。
そっちの方が合ってるのに、なんでいつもはあんな喋り方するの?」
「別にいいでしょ? 私が何を思ってどんな喋り方したって」
凛は六花が何を言ったのか理解し、顔を赤らめた。
「そうだね。でも、私はこっちの方が好きだな。
ねぇ、今度から私にはこっちで話しかけてくれない?」
六花の申し出に、凛は更に顔を赤らめた。
そして、見逃してしまいそうなほど小さく頷き、そっぽを向いた。
「うん、ありがと。じゃあまた教室でね」
電話をかけに行くのか、六花はドアの中に消えた。
それを見送りつつ、先までの話を外から聞いていた士郎に意見を求めようと横を見た。
すると、士郎は何かに悩んでいるような、苦い顔でドアを見ていた。
「どうしたの、士郎?」
「いやさ、なんかこう。おかしいなって」
「もう、はっきりしないわね。なんなのよ一体」
いつもに増してはっきりしない士郎の態度に、恥ずかしさを誤魔化す意味も込め、凛は声を荒げる。
士郎は慌てて説明しようとするが、自分でも把握できないからこそ先も曖昧になってしまっていたのだと思い出した。
士郎の心理状況を完全に見透かしているのか、凛はため息を付き、身振りだけで士郎に考えをまとめろと命令する。
それに頷き、士郎は何が引っ掛かっていたのか一から整理し始めた。
「あっ!」
そして、思い当たった。
「なに?」
凛に凝視され、一遍に自信を失った士郎は、消えそうな声で話し始めた。
「いや、さ。俺、前に巫淨さんと一緒に学校の用事をしたことあるんだ。
その時の巫淨さんは…何ていうのかな、おとなしくて女の子らしかったんだ。
でも、今日の巫淨さんはこんな状況なのに堂々としてい…と、とにかくおかしかったんだよ」
凛の目がさらに険しくなり、士郎は慌てて口を閉じた。
それに満足し、凛は先の六花の姿を思い出す。
「確かにそうね。私の質問に慌てこそしたものの、全体的には冷静だったかも。
でも、あの子は退魔師よ? これぐらいで自己を失ってるようでは話にならないわ」
「遠坂がそう言うならそうなんだろうな。うーん。そっか」
まだ納得しない士郎を見て、凛はニンマリと笑った。
「そっかー。衛宮くんはあーゆー可憐な女の子が好きなんだー。
困ったなー。私裏切られちゃうのかなー」
まるで猫が鼠を追い詰めるかのように、凛は嬉々として士郎の顔を見つめる。
「な! そんなわけないだろ。
俺こそ役立たずで、いつ遠坂に見限られるかわかんないんだから」
士郎は赤面し、右往左往しながら、必死に言い訳を口にする。
その必死の抵抗は、さながら窮鼠猫を噛むといったところか。
不意打ち気味に己への信頼を見せられ、凛は言葉に詰まった。
次はどんな事を言われるのかと、戦々恐々として身を縮みこませていた士郎は、凛が何も言ってこない事を不審に思い、恐る恐る凛を見た。
「あ、当たり前でしょ。あんたなんて私に捨てられたら一日も待たずにリタイヤなんだから。
せいぜい私に愛想つかされないように頑張りなさいよ」
赤面し士郎を見つめていた凛は、咄嗟にそっぽを向き、士郎を貶す。
だが、その声は微かに上擦り、動揺が見られる。
「おう。ありがとな、遠坂」
「っ…ばか!」
しかし、当然士郎はそれに気付かず、満面の笑みを以って凛に感謝の言葉を返した。
馬鹿正直に信頼を向けられる恥ずかしさに、凛は再び赤面する。
そして、凛は士郎を無視するように、早足で屋上から降りていき、その後を士郎が慌てて追いかけた。
誰もいないはずの屋上に、皮肉なため息が零れたのは果たして気のせいであろうか。
◇◆◇◆
空気が沈殿し、腐敗した暗色の空間。
その中で、志貴とライダーは床のある一点を見つめながら、話し合っていた。
「付着してから十数時間ってところだと思う」
木張りの床に広がる染みを指先で撫で、木の湿り具合を測りながら志貴はそう口にした。
指に微かに付着した液体は黒く変色しており、この一帯には錆びた鉄の臭いが充満していた。
今、志貴たちのいる場所は柳洞寺の本殿の中心部。
もうすぐ中心に着くというのに何の妨害もない事に訝しんでいた二人は、血の臭いを嗅ぎ付けてこの場に来た。
「という事は昨夜の十二時前後でしょう。それならば山門付近で発見したサーヴァントの残滓と時間帯が一致します」
「やっぱり襲撃があったんだな。でも、おかしい」
「何がですか?」
志貴は再度足元に広がる血痕を見つめる。
「死体が無いのも十分に不自然だけど、なによりこの場所だけ魔力がごっそりと抉られてる」
「…確かにそうですね。この周辺だけ大気に満ちていた魔力の流動が停滞しています。これは異常だ」
ライダーは周囲を見回し、そこで何かに気付いたのか、志貴に視線を移した。
「しかし、よくそれに気付きましたね。
サーヴァントであるこの身ですら、意識しなければ感じられないのに」
「少し変わった事情があってさ。そういうのには敏感なんだよ」
志貴は困ったような顔で笑い、それ以上その話題に触れるのを拒んだ。
それを察知したライダーは一つ間を置いて、話を本筋に戻す。
「何があったと思いますか?」
「わからない。けど、サーヴァント以外の何かが魔力を奪ったと思う」
「サーヴァントで無いと?」
「たぶん。サーヴァントにしては、あまりにも“匂い”がきつい」
「…よくわかりません」
ライダーは柳眉を顰め、志貴の顔を凝視した。
先から志貴のみにわかる感覚だけを頼りに話している事が、ライダーの機嫌を損ねたらしい。
眼帯越しにもわかる重圧に、志貴は思わずたじろぎ、後退る。
「えっと、これも俺の体質みたいなものでさ。人外の存在に敏感なんだよ。
それで、ここは人外の気配がすごく強く残ってる。
けど、ライダーや他のサーヴァントからは人外の気配を感じないから、サーヴァントじゃないのかなって」
志貴の説明に納得したのか、ライダーは頷き、それと同時に志貴にかかっていた重圧も消え失せた。
志貴は軽くなった胸に空気を取り入れ、安堵と共に吐き出した。
「なるほど。やはりシキは変わっていますね。
しかし、それだと山門のサーヴァントは何に破れたのでしょうか?
シキの言う人外が昨夜この場に存在し、マスターであろう人物を殺したとしたなら、この場所にいたサーヴァント、キャスターはその人外に破れたことになってしまいます」
「うーん。一対一で英霊であるサーヴァントが人外程度に破れるとは思えないけど、サーヴァント同士によって削り合った後ならどうだろう。
それなら人外にやられてしまう事もあるんじゃないか?」
「確かに。二体以上のサーヴァントがいて、山門でどちらか、または互いに重傷を負えば、その隙を突いてサーヴァントを屠ることも可能かもしれません。
ですが、それだと何故キャスターはこの工房内で戦わず、工房の前で迎え撃ったのかという疑問が生まれます」
「わからない。まさか三体以上いたって事は無いだろうし」
ライダーの言葉通り、この本殿、そして境内は魔術師の工房になっていた。
これだけの規模の工房をマスターが所持しているとは思えず、そして柳洞寺の特異性、ランサーの言葉を考慮に入れると、この工房はキャスターの神殿で間違いないと二人は確信していた。
当然侵入したからには妨害行為があると警戒していたものの、何の妨害もなく今、二人は中心部にいる。
それは、キャスターが何者かに敗れたと判断するには十分すぎる事実だった。
だのに、サーヴァントの残滓は山門に一つのみ。
それはキャスターが工房を出て、敵と戦ったという明らかな矛盾を物語っている。
「とりあえずここにサーヴァントはいなくなった。それがわかっただけでも大収穫だ。
何が起こったのかは気になるし、六花の家が安全かは疑問だけど、これ以上ここに長居するのもよくない。一度戻ろう」
志貴が歩き始めると、ライダーははっきりとしない表情を浮かべながらも、おとなしく後を付いていく。
昼間だというのに薄暗いこの寺は、冬の寒さが身に凍みる。
その寒さが感覚を鋭利にし、それがこの寺の静けさを際だたせた。
侵入する時は、魔術により関係者を眠らせているのかと思っていた志貴だが、キャスターがいないとわかった今、この静けさの意味が何なのか、理解できた。
「シキ。この場所を放置するのですか?」
出口に差し掛かった時、それまで無言を保っていたライダーが口を開いた。
それに志貴は首を振り、腰の袋から糸のようなものを取り出した。
「少し細工をしよう」
太陽の反射によっては銀粉を塗したように輝くが、日の届かない暗がりに入れば、不可視になる極細の糸。
それを志貴は本殿の入り口に暖簾のように垂れさせた。
「それは何なのですか?」
ライダーの疑問も当然だ。
ただ糸を垂らしただけのものが、何の役に立つというのだろうか。
「これは友達の物で、エーテライトっていうんだ。
本来の使い方と大分違うけど、魔力感知にも使えそうだなと思ってさ。
本殿に入るにはここからしか駄目だから、もし魔力を持った何かが柳洞寺に入ったら、これでわかる」
試しに通ってみてと志貴がライダーに頼み、ライダーが入り口を通る。
ライダーは何も感じなかったが、志貴は何かを感じたらしく、顔を綻ばせ、大きく頷いた。
「大丈夫そうだね。サーヴァントでも感知できないって事は、奇襲をかけられるかもしれない」
「はぁ…貴方の友人も変わり者ですね」
満足顔の志貴にライダーは呆れた声を出した。
役に立つかわからない、こんな不可思議なものを戦争に持ってくる志貴も志貴なら、それを持っていくように勧めた友人も友人だ。
変わり者同士、気が合うのかもしれない。
「とりあえずこれから…シキ、リッカから連絡がありました。
放課後学校に来て欲しいそうです」
「学校に? 何だろうな」
志貴が首を傾げる。
自分たちが立てた作戦を考えるなら、そういう接触は極力避けるべきだ。
それを六花が理解していないはずがない。
「どうやら他のマスターに私たちとの関連を知られたようです。
相手もシキがマスターだと思っているようなので、慎重に」
ライダーの一言に志貴の疑問は氷解し、ため息となって外に出た。
「昨夜、あれだけの距離を並んで歩いたのは迂闊だったね」
「確かにそうですが、夜に六花を単独で歩かせる事はできません」
ライダーの過保護とも言える言葉に、志貴はまぁねと同意し、本殿に背を向け歩き出した。
「放課後まで休もう。最悪六花を庇いながらの戦闘になる」
◇◆◇◆
遠坂凛は魔術師だ。
魔術師とは魔術を操る者、もしくは根元を探求する者。
その在り方は孤高。否、独りよがりと呼んだ方が良いのかもしれない。
他者を排し、己が目的の為のみに生を費やす。
それが魔術師の本質なのだから。
だから、凛が今の状況にため息をついてしまったとしても、それは仕方ない事だろう。
魔術師の戦い、聖杯戦争。
その真っ只中、何が悲しくて敵か無害かわからない者を相手にお茶を飲み交わしているのか。
「ねぇ…」
机を一つ挟んで、何故学校にお茶があるのかなどと談笑している士郎と六花に凛は底冷えした声を投げかけた。
ここ数日の協定と銘打った凛の寄生により、その声が何を表すのか察した士郎が身体を跳ねさせて凛の方を向く。
それに釣られるように凛に振り向いた六花は緊張の欠片も見られない笑みを浮かべていた。
その表情が凛の機嫌をマイナス方向に加速させ、見る見る内に凛のこめかみに青筋が立っていく。
「一体志貴ちゃんとやらはいつ来るのかしら?」
怒りをそのまま声に出したら、おそらくこうなるだろう声で凛は六花に訊ねた。
そこでやっと凛の機嫌がすこぶる悪い事に気付いた六花は、先の士郎同様顔を青ざめて教室に掛かっている時計に目をやった。
現在の時刻、五時十五分。
終礼が終わってから、優に二時間は経っていた。
「もうすぐ来ると思うよ」
頬の冷や汗を拭うことも忘れ、六花は願いとも取れる言葉を口にした。
凛の怒りと同じぐらい、六花の動揺も大きなものだった。
万が一を考え、凛の前で念話を使う事を控えている六花には今志貴たちが何をしているのかわからない。
そして律儀なライダーが約束の時間を二時間も遅れている。
それだけの要因があれば、六花が悪い方向に考え始めるには十二分だった。
「ごめん。遅れた」
その時、前触れもなく教室のドアが開き、そこに異質な黒を纏う青年が現われた。
順光に照らされているはずなのに、教室にいる三人は青年の姿を一瞬見失う。
暗がりに慣れた目が順光に照らされた為に、ピントがずれたと言えばそれだけなのだが、少なくとも凛はそう思わなかった。
存在が希薄なのか、存在を希薄に出来るのか、どちらにしても目の前にいる青年がその要因の一つであろう事を看破したのだ。
青年、志貴を警戒するかのように、しかし焦った様子もなく立ち上がり、凛は窓際へと移動した。
「あら。どんな理由があって遅れたのか説明してくれないんですか?」
腹いせとばかりに食ってかかった凛には、余裕すら見て取れた。
己に絶対の自信を持つ凛が、この程度の例外で動じるはずもない。
その気高さを感じ取り、遠坂凛という魔術師の完成度の高さに、志貴は感嘆の念を抱いた。
「それは俺が一方的に悪いから、謝る。
けど、今の状況でそれは関係ないことだろ?」
だが凛も然る事ながら、相対する志貴もやはり魔術師だった。
相手が如何に絶対的な自信を持っていようとも、己を見失わない。
そんな二人が相対し、どちらかが気圧される事などあり得なかった。
「ええ、確かにそうですね。
私もそんな下らない事は知りたくもないです」
そんな志貴に極上の笑顔を向けると、凛は窓枠に腰掛けた。
凛は動きを止め、挑むかのように志貴から視線を外さない。
一触即発を思わせる雰囲気に、当事者であるはずの士郎と六花は息を詰め、二人の動向をただ眺めているだけだった。
「あ…」
しかし、凛の動きが止まり、呼吸を再開すると同時に幾分かの余裕を取り戻した士郎は、志貴に見覚えがある事に気付いた。
反射的に出た声に、凛が視線を士郎に向ける。
「どうしたの?」
「いやさ、そいつこの学校の結界を調べてた奴だよ」
「なっ…じゃあこいつが!?」
士郎の話から、学校の結界を仕掛けたであろう人物だと想像していた相手が、目前にいる男と知り、凛は目を見開く。
すぐさまポケットに手を突っ込み、切り札の一つであるトパーズを握りしめると、凛は腰を浮かせた。
だが、凛が志貴に問いを投げかけるより早く、志貴は手を前に突きだし、凛の動きを制止した。
「確かに怪しいだろうけど、俺じゃないよ。
それに、もう結界自体無くなってるだろ?
それより、何で俺がここに呼ばれたのかを教えて欲しいな」
張りつめた空気を弾けさせないよう、志貴はゆっくりと六花に歩み寄った。
そして六花を庇うような位置につき、歩を止める。
「…結界が消滅した原因を知ってるの?」
「知ってる。けど、それを話す必要はないよね」
志貴の返答に凛は眉を跳ねさせた。
微かに震える肩が、彼女が怒りを押し殺しているのを物語る。
しかし、凛は何事もなかったかのように口元に笑みを浮かべながら頷くと、再び腰を窓枠に下ろした。
「そうね。でも、今ので確信した。あなたやっぱり魔術師で、マスターね?」
事前の調査で、凛は学校に敷かれた結界が、サーヴァントによるものだと知っていた。
それに関わった者がどうしてサーヴァントを連れていないと思えようか。
志貴が気付かず洩らした失言に、凛は勝ち誇ったような笑顔で首を傾げた。
志貴は意表を突かれたかのように目を丸くし、まるで凛の言った事が理解できなかったかのように凛を凝視した。
やがて何かに納得したのか、志貴は短く笑った。
「っ…何がおかしいのよ」
「いやさ、とっくに聖杯戦争に参加している魔術師だとばれていると思ってたからね。
そんな事を確認する為にわざわざ俺を呼んだのか?」
「なっ!」
蔑むような志貴の口調に、凛が声を荒げる。
ただの確認として、そして相手の動揺を誘う手段として投じたはずの言葉が、逆に凛の理性を削った。
かっとなって一歩踏み出した凛の前に、突然何者かが現われた。
「遠坂、落ち着け」
今まで一言も喋らず、凛と志貴の間に気まずそうに座っていた士郎は、そんな姿が想像できないほど悠然と凛の前に立ちはだかる。
凛が自分の失態に気付き、冷静さを取り戻したのを確認すると、士郎は半身だった身体の向きを変え、志貴の真正面を向いて相対した。
「あんたも無駄な挑発は止めてくれ。俺たちは戦いに来たんじゃないんだ」
「まさか本当に、俺が魔術師かどうかを確認しに来ただけって事か?」
士郎の嘘とは思えない淡々とした口調に、志貴は信じられないといったふうに首を振った。
士郎はそんな小馬鹿にしたような応対を気にせず首を縦に振り、さらに言葉を続ける。
「そうだ。あと、どうして巫淨さんと関わってるのかを訊きたい」
志貴は意外そうに士郎を見つめ、その後にいる不満そうな凛にも視線を移した。
どちらも嘘をついているようには見えず、それが志貴には厄介だった。
生半可な返答をすれば、おそらく二人は追及してくるだろう。
そうすると、自ずと矛盾をさらけ出し、下手をすれば六花とライダーの関わりに気付かれる虞がある。
志貴は自分が考えていたよりも遙かに厄介なこの状況をどうすれば打破できるか、考えつかなかった。
「何で答えないんだ?」
「どう答えたらいいかわからないんだ。あと、どの程度説明すればいいのかも」
志貴の取り繕う言葉に士郎は納得し、それなら待とうと机に座る。
しかし、一度揚げ足を取られ、復讐に燃えていた少女がそんなはぐらかした説明で納得するはずがなかった。
「待ちなさい。どうして悩む必要があるのかしら。
私たちは貴方が巫淨さんとどんな関係で、どうして今も一緒にいるのかを訊ねているだけなのよ。
その程度簡単に答えられるでしょう?」
「俺は少し特殊な事情持ちなんだ。
だから、魔術師が相手となると言葉を選ぶ必要がある」
「退魔師、なんでしょう?」
志貴が驚愕の表情で凛の顔を見つめた。
その視線を鬱陶しそうに手で振り払うと、凛は士郎の横隣の机に腰をかけた。
「巫淨さんの昔の知り合いとなると、それぐらいしか見当がつきませんからね」
志貴が六花の方を向くと、六花は気まずそうに頭をかき、俯いた。
「今日志貴ちゃんの事訊かれた時、昔の知り合いだって教えちゃった。
でも、私が退魔師だって事は遠坂さん知ってたよ」
「これで貴方は気を遣う必要が無くなった。悩む必要なんて無いでしょう?」
志貴は勝ち誇る凛に悟られぬよう、焦燥を抑えるだけで手一杯だった。
相手を舐めていたつもりはない。
だが、これほどまで手強い相手だという認識はなかった。
その当人すら気付かなかった慢心が、志貴を窮地に追い込んだ。
―――どうする?
志貴は自分にそう問いかけ、確かに返ってくる返答は、ここで言い淀めば終わるという事だけだった。
「そうだね。知ってる事を繰り返すようだけど、俺は退魔師だ。
六花とは十年ぐらい前にその関連で知り合った。
ここに六花がいる事は、数日前知って、それで再開して今に至るんだけど、これでいいか?」
「いいえ。まだ二つも疑問が残るわ。
一つはどうやって巫淨さんがここにいる事を知ったのか。
もう一つは再開したのが昨日の夜としても、何故まだ関わり続けているのか。
答えないってのは却下だから」
「…、冬木に着いた時、昔世話になった人に後で挨拶に行くって電話を入れたんだ。
その時に、今六花は冬木にいるって事を教えてもらって、探した」
志貴は一瞬詰まるも、顔を覆う眼帯に隠され、凛にそれを察せられる事は免れた。
値踏みするかのように凛は志貴を見やり、軽く頷く。
「そう。それで、まだ一緒にいる理由は?」
「…黙秘は駄目なんだろ? なら、戦力になるから。とだけ教えておくよ」
志貴の後で呆けていた六花は、その意外な一言に驚きの声を上げた。
それを聞き、凛は目を細める。
「あら。私には巫淨さんが戦えるとは思えないけど?」
内心舌打ちをしながら、志貴は凛に見えるように背中に手を回し、その手で六花に黙るように合図した。
「武力だけが戦力じゃないだろ。…これ以上は教えなくていいよな」
凛の訝しむ視線に、志貴は激しい動悸を宥めながら向き合う。
今のサインの意味を目の前の少女が深読みしてくれなけば、自ら墓穴を掘ったことになる。
志貴は咄嗟にとった分の悪い賭けに、今更ながら後悔した。
しかし、そんな志貴の焦りとは裏腹に、凛は頷いた。
「ええ、そうね。納得できないけど、私は退魔師に詳しくないから、真偽がわからない。
どうせこれ以上は喋らないだろうし、次で最後の質問にしてあげる」
凛は左手を水平に構え、志貴にその矛先を向けた。
途端張りつめた空気が、それが凛の戦闘態勢である事を物語る。
少しでも選択を誤れば、即戦いになるだろう対峙に、志貴は唾を飲み込んだ。
「その眼はなに? まさか盲目のはずないわよね」
凛は、志貴がこの場に現われた時、真っ先に目についた眼帯を指さした。
志貴は驚き、自分の眼を覆う眼帯に触れた。
志貴にとって、この眼帯は日常で、当たり前のものになっていた。
その慣れが、明らかに異質な行為、眼帯で眼を覆っていた事実を忘れさせていたのだ。
志貴は凛という魔術師の優秀さに、言い逃れる事を諦めた。
「…これだけあからさまな封印をかけていて、君の目を欺こうってのは虫が良すぎるかな」
「そうね。それだけ大っぴらにされて、気づけないほど愚かじゃないわ」
凛は志貴を小馬鹿にするように笑い、持ち上げていた腕を下ろした。
それだけで、張りつめていた空気は幾分か薄れ、その場にいた者たちに呼吸を思い出させる。
どうやら醸していた空気は偽物だったらしく、腕を下ろした凛にその残り香はない。
と言っても、仮に志貴が素直に魔眼の保有を認めなければ、凛は戸惑いなく戦闘を始めていただろう。
最後の質問という言葉に偽りなく、凛は背を向け、言外に帰れと語る。
志貴は安堵にため息を吐き、六花に帰ろうと声を掛けた。
一応の用心の為、六花を先に教室から出し、志貴は窓から外を眺める凛の背に視線を向けた。
「私の名前は遠坂凛。覚えておきなさい、それが今回の聖杯戦争を勝ち残る者の名よ」
まるで志貴が己を見ている事を知っていたかのように、凛は振り返り、微笑む。
その悠然とした態度からは、その言葉を彼女自身が一片も疑っていない事が見て取れた。
志貴はそれを目にし、自分が如何に自惚れていたのか、再確認させられた。
昼間、サーヴァントとの格の違いを思い知らされ、それで志貴は自惚れを払拭できたと思っていた。
だが、それでも自分は自分を脅かすものはサーヴァントだけだと思っていたらしい。
その傲慢さに、志貴は悔しくて顔を歪めた。
今目の前にいる存在は、間違いなく己に脅威を与える者だ。
「俺は七夜志貴。君に勝ち、必ず聖杯を手にしてみせる。俺には負けられない理由があるから」
志貴は今までの無礼への詫びを込め、全力で戦う事を誓った。
そして、凛の横に立つ、赤髪の青年に目を向ける。
その視線に気付いた青年が戸惑いがちに口を開いた。
「俺は衛宮士郎。遠坂のオマケみたいなもんだけど、よろしく」
「あんたね。敵によろしく言ってどうするのよ。だいたいあんたは…
七夜だっけ? あんたも用が終わったんなら、見てないでさっさと帰りなさいよ」
凛に睨まれ、志貴は笑いを殺しながら外に出た。
もし、こういう状況でもなければ友情を交わせたであろう二人。
それだけに、出会いが聖杯戦争である事が悔やまれた。
「どうしたの?」
先に教室を出た六花は、校門に寄りかかり志貴を待っていた。
歩いてくる志貴の顔が浮かない事を目聡く見つけ、心配で声を掛けたのだ。
「あの二人を殺すのは、躊躇いがあるなって」
「…そっか」
返ってきた言葉の物騒さにではなく、その中に隠された志貴の本心に、六花は目を伏せた。
しかし、六花はすぐに名案を思いつき、打って変わった晴れやかな表情で顔を上げた。
「ねぇ志貴ちゃん。皆で聖杯を分け合えば、誰も傷つけずにすむよ」
志貴はその提案に笑みを見せるが、静かに首をふった。
「俺の願いは、聖杯でも叶えられるかわからないんだ。
だから、分け合うなんて事、とても出来ない」
そう言う志貴は不安に揺れていた。
六花は志貴の傷を抉った事を知り、かける言葉を失った。
志貴は沈黙を怖れるかのように、また口を開く。
「俺はこんな事を言いながら、きっと誰かを殺すことになる。
大切なのは、聖杯を手にする事だから。
もし、六花がこういう事を想像しないで、俺に協力する事を選んだなら、止めてもいいよ」
六花は見つからない言葉の代わりに、全力で首を左右に振った。
それを見て、志貴はありがとうと小さく呟く。
気付けば、二人の手は握られ、固く結ばれていた。
まるで、一縷の望みに縋るように、見つけた光を失わないように、決して離さないように強く。
何時しか黒に染まっていた夜空を冷たい風が駆け抜ける。
冬木にしては珍しい冷風に、六花は暖を取るように志貴に身を寄せた。
触れ合うそこだけは暖かく、確かな繋がりを二人に与える。
「志貴ちゃん」
静寂を破る六花の声は、優しく、子守歌を謡う母のよう。
「どうしても聖杯が必要で、それを手に入れる為に避けられないなら、私は止めないよ。でも―――」
志貴の腕を握る手の力が強まる。
「―――それは自分の為にしてね。誰かの為にじゃなく、自分だけの為にしてね」
志貴が頷くのを六花は見ずともわかった。
それを感じ、六花は微笑む。
「うん。約束だよ」
Interlude
青い影が闇の中を疾走する。
手に真紅の槍を携え、青いサーヴァントは柳洞寺を目指していた。
「ちっ」
階段を駆け上る途中、ランサーの思考に余計なものが混ざり、己らしかぬその出来事に、彼は舌打ちした。
思い出したのは昼間、そこで出会った不思議な二人。
人の身で英霊を出し抜いたマスターと、絶対の因果を圧倒的な力で打ち破ったサーヴァント。
忌々しくも、最高の時間を過ごせた事が未だ頭から抜けきっていないらしい。
シュ
微かな風切音に、ランサーの槍は勝手に反応した。
無論、自動ではなく、反射だが、ランサーが認識すると同時に、ナイフは槍に阻まれていた。
戦いの火蓋を切る剣戟が闇に飲まれるより先に、次ぐ剣戟が幾多にも響く。
「てめぇ。アサシンか!?」
投擲されたナイフの軌跡を追うと、そこに白い仮面が浮いていた。
まるで顔の肉を剥ぎ、骨を晒したような、髑髏が一つ、外套を纏ってそこにいた。
ランサーの問いかけへの答えなのか、髑髏は再びナイフを投擲する。
その数、十。髑髏はどのような技法を用いたのか十のナイフを一度に投げた。
その一つ一つが違う軌道を弾丸めいた速さでランサーに突き進む。
それは正しく研磨された技術。
暗殺者という“悪”を担う役割に属し、尚英霊となるに相応しい技だった。
だが、如何せん相手が悪すぎる。
ランサーは槍の一振りで、その全てを無効化した。
響く剣戟は一度。飛来したナイフはランサーに届かず、彼の前で地に墜ちる。
見れば、墜ちたナイフはランサーを囲むように円を描いていた。
その半径は、すなわち槍の間合い。
「ギッ、ィ、矢…よ、ケのか、ゴ」
「ほぉ、博識だな。悪いが、そういうのは慣れちまったんだ」
やれやれと首を振り、ランサーは槍を構えた。
「それで、もう殺しちまってもいいのか?」
昼間の憂さ晴らしに丁度良い、とランサーは笑った。
いくら技量、実力共に勝っていても、底の見えた相手に興味を持てるほどランサーは寛大ではなかった。
これならば、未だ底の見えないあのマスターの方が、幾ばくか己を楽しませてくれるだろう。
「ギッ」
髑髏は一つ泣き、躊躇いもなく身を翻す。
だが、ランサーが敵の逃亡を見逃すはずがなかった。
即座に地面を蹴り、髑髏に肉薄を試みる。
それが誘いだったのか、ランサーが地を蹴るのに少し遅れ、ナイフがランサーに投擲される。
投げられた数は先と同じ。否、皮肉なのか辿る軌道まで全て同じだ。
空に浮いた身体は自由が利かず、本来なら防ぎきることなど叶わない。
「はっ! 甘めぇ!」
だが、ランサーは苦もなくナイフを弾き飛ばす。
ナイフが舞う中、ランサーは髑髏を屠るべく更に加速した。
だのに、彼我の距離は一向に縮まらない。
逃げに徹している髑髏の速力は、ランサーの速力を僅かに上回っているのだ。
柳洞寺の裏手へと逃げる髑髏と、それを追うランサー。
このままでは振り切られるという焦りが、ランサーを苛つかせる。
「ギッ」
しかし、何を考えているのか髑髏は池の中程で止まった。
わざわざ与えられた好機に、ランサーは素直に飛びつく。
例え罠が仕掛けられていようと、彼にはそれを超える自信があった。
懲りずに投げられるナイフを弾き、肉薄する。
「あばよっ!」
「―――っあ」
突然身体を襲った激しい痛みに、少女は跳ね起きた。
見渡せばそこは薄暗く、少女はまたここに運ばれたのかとぼんやりと思った。
が、再びうねる身体の裡に、その思考は中断される。
口の中に胃液がせり上がり、堪らず口外へと吐き出した。
その粘液に虫が群がり、それが嘔吐を促す。
その繰り返しに出すものが無くなり、それでも痙攣する喉から血が滲み出た。
口の中に広がる、錆びた鉄の味が吐き気を拭い去る。
酸素を求め、荒い息を繰り返しながら、何故腹部が痛み出したのかを少女は考えた。
真っ先に思い浮かんだのは、食中り。
夢の中で、少女はよくわからない男を丸飲みにした。
それがあまりにも生々しくて、現実にも影響を与えたのではないのか。
自分の考えが間抜け過ぎて、少女はくすくすと嘲笑を洩らす。
いくら思い人が危険な目に遭っているとはいえ、その元凶を自分が喰い滅ぼす夢を見るのは行き過ぎている。
ドクン
心臓が跳ね上がり、口から大量の血が零れた。
先の痛みなど、まるで赤子の遊戯だったかのような、死を感じさせる激痛。
痛む箇所を必死に押え、痛みを堪えようとするが間に合わず、身体全体を使って発散させようと暴れる。
痛むのは腹部だと思っていた少女は、自分が今押えている場所を見て、愕然とした。
そこは、心臓。
かつん、と階段を下りてくる音を聞き、少女は助けてと懇願した。
だが、返ってくるのは嬉しそうな哄笑。
そこに少女の痛みを思いやる心慮など無かった。
少女は分かっていながらも、悲しさに心が押し潰され、それは泪となって外に出ていく。
「せ…んぱ…」
荒い声で誰かの名を呼び、少女は意識を手放した。
Interlude out
あとがき
どもDのちゃぶ台です。
つっこみ所は多々ありますが、そこらへんは乗りでスルーしてください。
それでも何を考えて書いたのか知りたい場合、遠慮なく質問してください。
私が考えていた範囲でなら、喜んで答えさせていただきます。
ですが、あまりにも核心を突いちゃってたりする質問はスルーする可能性もあるんで、それは許してください。
感想ありがとうございました。
かなり嬉しく、心做しか筆も乗ったような気がします。
何か気付いた点がありましたら、古い話でもなんでも、指摘してください。お願いします。