ここは、バチカン市国のとある教会。
その奥のさらに奥、
限られた・・いや・・神に選ばれた"異端者"が集う聖なる場・・・
その最奥の部屋に彼女はいた。
黒い皮製のいすに座り、デスクに置かれたノート型パソコンに目をやる一人の女性。
年のころは20後半、すらりと伸びた足、顔の半分を隠す長い茶色の髪、そして整った美しい顔。
纏った気配は『氷』、全てを凍てつかせんばかりの、絶対零度。
雪の女王・・・。 彼女を形容するなら、この言葉がまさに相応しいだろう。
法に代わり、神の名の元、自然の輪から外れた者達を裁く者。
死刑代行人「埋葬機関」が第一位『ナルバレック』
「ふ・・・」
口元をゆがめ楽しげにつぶやく。
「27祖第10位。 殺害不可能「混沌」ことネロ・カオス。
無限転生者「蛇」。 同じく殺害不可能(身体的には可能)、ミハイル・ロア・バルダムョン。
そして・・・・・・・・・
最重要危険指定の純血の吸血鬼、「真祖の白き姫」、アルクェイド=ブリュンスタッド・・・・」
「・・・これは本当か?」
ナルバレックは部屋の壁に背をもたれて目を閉じている男に話しかける。
年のころは20代前半、長い白髪を後ろでまとめた、一見紳士のような男。
その整った顔つきはまさに"美形"といって間違いないだろう。
27祖第20位であると同時に埋葬機関の第5位
王冠の異名を持つ"道化" メレム・ソロモン
「ああ、大マジだよ。
長いこと生きてきたけど、こんな大ニュースは久しぶりだよ」
片目をナルバレックに向け、答える。
「消滅したのは両方とも殺害不可能だったうえに、片方は27祖の10位。
それにつけて真祖の王族、ブリュンスタッドの姫君が協力者として立った・・・・か」
ため息混じりにつぶやいた。
「これを人間がやったのか?」
「ああ、間違いない」
「人間に化けたORTではないのか?」
「それじゃあ都市ごと崩壊してるよ・・?
それにORTでも「混沌」と「蛇」の完全消滅は不可能だよ」
「それもそうだな・・
だが、くくく・・・・まさか『弓』につけた監視役からこれほどの情報が入るとはな・・」
今回の資料、小さな島国で起きた・・世界レベルの"大事"。
それはすべて第七司祭シエルに付いていた監視役第八位の『記述士』とよばれる隠密行動のエキスパート
・・神に背いた魔を滅んだことを事細かに記述し、『輝かしい歴史』とする存在。
彼の仕事が今回の"掘り出し物"を見つけるきっかけとなったのだ。
「ああ、しかし世の中にはとんでもない人間がいるもんだね・・・
ナイフひとつで混沌、そして魂(プログラム)すら殺しうる直死の魔眼・・か・・・・」
メレムが再び目を閉じて言う。
「ああ、しかも、所有者は混じりッけなしのだだの「人間」・・・
まぁ、特殊な家系ではあるが・・」
「ナナヤ・・」
ナルバレックがそう呟き、キーボードをたたくと、新たな画面が開かれる。
その画面にびっしりと書かれた文字を一息に速読する。
「先天性の超能力を長きに渡り受け継ぎ、体術を極限まで極め、『魔』の暗殺を業とする一族・・か。
ふふ・・、受け継ぐ・・といったことでは私の一族に精通するものがあるな・・・」
資料を読み終え、妖艶な笑みを浮かべる。
その瞳はギラギラと、欲しいものを見つけた子供・・・いや獲物を見つけた獰猛な獣のそれ・・・
「七夜のほかにも日本には、四大退魔と呼ばれる東洋最高位の退魔機関があるみたいだね・・」
「身体能力、反応速度、判断力、どれもこれも超一流。
ふぅん・・この資料を見る限り単純な戦闘能力は「弓」のそれに匹敵するか・・・・・・」
ソロモンを無視してナルバレックは続ける。
その様子をみてやれやれと言ったように肩を落とすメレム。
「良い・・・・・」
「・・・・何が?」
「直視の魔眼をもつ抹殺者(イレイザー)か・・・・
くくくく・・気に入った・・気に入ったぞ!!」
そう言った彼女の瞳には狂気の"いろ"に歪んでいた。
「・・・・・」
メレムは彼女が考えているであろう事柄を思い、少しだけ眉を顰めた・・・
氷月
〜第一話:消失〜
その日は朝から暑い日だった。
暑い。
けど・・・
暑い。
これは・・・・
暑い
暑い
暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い
暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い
暑い暑い暑い暑い暑い暑い―――――――――――――
暑すぎるわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
耐え切れず布団を跳ね除け、目を覚ました。
が、上半身が重くて起き上がれない・・・・・
「・・・・・・・あーーーー」
暑いわけだ・・・・・・・
原因に目を向ける。
「アルクェイド・・・・・・・」
真祖のお姫様ことアルクェイド=ブリュンスタッド。
彼女が俺の上ですやすやと寝息を立てて眠っているのだ。
胸の辺りの柔らかな感触ににまだこうしていたいと思ったりしないでもないが、
季節は夏真っ盛り!加えて今日は晴天のかんかん日和!!!
そんな日に朝からの抱擁は拷問の何者でもない。
「起きんかこの、ばかおんなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「うひゃぁ!!!!」
耳元でのどが裂けんばかりの勢いで叫ばれ、驚き目を覚ますアルクェイド。
「ぅぅぅ・・・・鼓膜が破けちゃうよう・・」
よっぽど利いたのか耳を押さえながら頭を上げるアルクェイド。
彼女の頭の中では、きっとエコーが掛かっていることだろう。
「はぁ・・ったく、早くどいてくれ」
一秒でも早く開放されたい俺はもぞもぞと動き催促した。
「あ、志貴。
おはよ〜〜〜〜」
俺の言ったことが聞こえなかったのか馬乗り状態のまま、アルクェイドは女神の様な笑顔で朝の挨拶をしてきた。
「あぁ・・・おはよう・・・」
少しその顔に見とれていたが、暑さで我を取りもどす。
「悪いけど、早くどいてくれ・・・暑くてかなわん」
「え〜〜〜〜〜?
もうちょっとべたべたしようよ〜〜〜〜」
その意見に反対の意思はほとんどないのだが、今の環境でそれは回避せねばなるまい。
日干しになりたくなければ・・・。
「お前はいいかもしれんが、おれは暑くて死にそうなんだよ」
「ぶ〜〜〜〜〜〜〜」
幼稚園児のような抗議の声をあげながらしぶしぶ俺から降りるアルクェイド。
「あーーーーーーーーーーーーー
死ぬかと思った・・・・・」
俺は大きく深呼吸をしてからメガネを掛ける、
同時に不快な線が消えていく。
「今何時だ?」
時計を見る。
―――6時50分
もうすぐ翡翠が来るころか・・・・・・
しっかし・・・・・・・・・・・・
再びアルクェイドに目線を向ける。
「お前、暑くないのか?」
「ん?」
白のサマーセーター、紫のロングスカート・・・・・
夏場に着てたら倒れそうな服装で平然とするアルクェイド。
「私は全然平気だよ」
真祖、吸血鬼である彼女は、暑いとか寒いといった概念が無いに等しい。
まぁ極端に暑いときは暑いと言うが、体温調節によりいつでも快適なのだ。
はぁ・・・・・うらやましい・・・・。 なぜその機能が人間に備わっていないのか!!
そんなことを考えている矢先、
コンコン
「志貴様・・・お目覚めでしょうか?」
「ああ、翡翠〜?
志貴なら起きてるよ〜!」
翡翠の声に能天気に答えるばかおんな。
これで秋葉に小言を言われることは決定事項となっただろう。
「・・・・・・失礼します」
部屋に入ってきた翡翠はいつもどうり無表情だけど、どこか殺気めいているのは俺の気のせいなのだろうか?
それにしても、翡翠の格好も琥珀さんも夏用のがないのか、あんな格好で大丈夫なのかな?
秋葉・・クーラー付けてあげてもいいんじゃないか・・?
「おはようございます、志貴様、アルクェイド様」
「あはよう・・・翡翠」
「おっはよーメイド!」
「アルクェイド様、今日も窓から入ってこられたのですか?」
「うん」
きっぱり言い放ちやがったよ、このばかおんなは。
「何度もおっしゃっていますが、次からはどうか玄関のほうからいらしてください」
「だって、用があるのは志貴だけだもん」
だからって、窓から入るのもどうかと思うけどね、おれは。
「はぁ・・・・では志貴様、着替えはここにおいておきますね」
ため息を付きながら翡翠は着替えをベッドの上に置き、一歩下がる。
「ああ、ありがとう」
「それでは居間でお待ちしております」
「ああ、すぐ行くよ」
「それじゃ、私も居間に行って妹と遊んでくるんね」
「お前の場合、秋葉"で"遊ぶんだろう?」
「そんなことしないわよ・・・」
そう言って、アルクェイドと翡翠が部屋を出て行った。
「さて・・、今日も一日・・生きていられるかな・・・」
この後のことを考えながら、どこか他人事のように呟いた。
其の後、着替えて居間に行ったとき、
秋葉の髪が真っ赤に染まり、
アルクェイドは、けたけた笑いながら、
翡翠はただ無表情で、琥珀さんは唯にこやかに端っこにたたずみ。
怪獣大決戦を行っていたのは、言うまでも無い。
―――――もちろん、被害を受けたのは俺と屋敷だけだが・・・
もはや日常となったこの光景の後、朝食をとり
俺は学校に向かう。
「あ〜あ、いっそ私も先生にでもなって学校に行っちゃおうかな・・」
登校途中・・ふと彼女が呟いた言葉を実際に頭の中で想像してみる。
「はいは〜〜〜い! 今日の授業は〜・・!」
元気な勢いで入ってくるスーツを着こなしたアルクェイド先生。
これだけスタイルがいいのだ、スーツもビシッと決まるだろうが・・。
「はい、次の問題・・え〜っと志貴!!」
駄目だ―――、何かと俺に関わってくるのは目に見えている。
というか、絶対そうだ。
例え、分からない難問でも容赦なく、問答無用で、鬼のように(本人は好意で)俺に振るだろう・・・・
そして・・学校一の美人教師をたぶらかした存在とし、学校中の男子生徒と最大の敵、オレンジヘヤーマンが俺こと遠野志貴に殺意を抱くことは
想像に苦しくない。
「勘弁してくれ」
素敵な案だが、無事な学園生活は遅れそうにない。
そうして、彼女との何気ない・・それでいて、俺にとっては何よりも大切な一時はすぐに終わりを告げる。
彼女と出会った交差点、そこがこの会話の終着点だ。
「それじゃあまたな、アルクェイド」
「うん、またね志貴!」
元気よく・・まるで子供のように大きく手を振りながら離れて行く彼女に、小さく手を振り俺は学校に向かった。
あれから5ヶ月、ロアを完全に殺したことによりアルクェイドは力を取り戻し、
吸血衝動を抑えることが出来るようになった。
その後の騒動で、遠野家の呪われた歴史を知り、アルクェイドの協力の下秋葉の力も抑えられる物となった。
シキ・・俺の友人が死んだことにより、俺への供給はもはや必要なくなり。
秋葉の共有の能力を酷使しなくても良くなったのだ。
良くなったが・・・秋葉は最近その力を乱用して大暴れ・・今朝のような光景はもはや日常のようなものだ・・
おお・・神よ・・仏よ・・・俺が何か悪いことでもしたんかい!!
・・と、ぼやいている間に、学校に着いた・・・・・
学校・・・・・・・・・
俺はそこで、思いもよらない人と再会する羽目になった。
胸のリボンは、俺の学年と同じ・・・
だが5ヶ月前ならば俺の上級生としての色。
青い短めの髪に、優しい顔つきにメガネをかけた美人。
もう・・居なくなったはずの人・・・
「先・・輩・・・・・」
「おはようございます、遠野君」
シエル先輩は依然同様、満面の笑みで挨拶してくれた。
「・・・?
どうしたんですか〜?
ほら、遠野君、朝の挨拶は?!」
「あ・・ああ!、おはよう先輩」
先輩の・・前と全く変わっていない様子がうれしくて少しどもってしまった。
でもどうしたのだろう・・・
アルクェイドの話では、彼女は仕事に戻った・・つまり異端狩りのため諸国を周っているはずなのだが・・・
「せんぱ・・・」
「遠野君・・聞きたいことが在るのでしたら、あとで茶道室に来てください。 そこで全部お話します」
俺の言葉をさえぎり、そう言うとにこりと笑いきびすを返して教室の中に消えていった。
「それにしても、先輩。今度はどうしたの?」
昼休み、茶道室での食後の、先輩の入れてくれたお茶を飲みながら俺は聞いてみた。
「エーッとですね、これは極秘事項なんで一般の方にはちょっと・・・」
「先輩・・・・今更一般も何も無いのでは?」
「それもそうですね。
・・・・実はですね・・・・・」
先輩の顔が突如真剣になる。
その変化に俺も何事か真剣になる。
「実は・・・」
どんな重大なことが起こったのか俺は息を呑んで耳を傾けた。
「遠野君に会いに来ちゃいました♪」
「へ?」
「えへ♪」
右手で頭を抑えながら、『やっちゃいました』みたいなポーズを取る先輩。
「いや、先輩・・・えへ♪・・じゃ無くて・・・」
「いけませんか?」
突然さびしそうな表情になる先輩。
「え、いや!その!」
「遠野君は・・私に会いたくなかったんですか?」
「そんなことない!」
―――――――そう、そんなことは微塵も思っちゃいない、
また"先輩"として・・いや同級生として一緒にいることが
むしろうれしいくらいなのだから。
「・・・・本当ですか?」
「はい、本当です」
「よかった・・・、嫌われてるのかと思っちゃいました」
「そんなこと、絶対無いですよ。
むしろ俺はまた先輩と昼飯が食べれてうれしいですよ」
「・・ありがとうございます、遠野君。
でも、今回は先輩じゃなくて同級生なんですからシエルって呼んで欲しいですね」
いたずらっ子の様な笑みを浮かべる先輩。
やっぱり・・この人はどこも変わってくれていない。
「先輩・・・」
「でも・・・・」
「でも?」
「今回は本当に、お前に用があって来たのだよ。
蒼き目の死神、"七夜"志貴」
――――そう呟いた瞬間、先輩の顔から"暖かさ"が急激に失われた。
「な!!!!」
「あまり、埋葬機関の出す物をそうやすやすと口にせんことだな・・・」
先輩がそう言うや否や、視界がぐらりと歪んだ。
貧血ではない、凶暴な睡魔が無理やりに意識を奪っていく感覚―――
――――――さっきのお茶か!!!!
だが、気づいたときにはもう遅く、
自力では立てないほどに意識を削がれていた。
「くくく・・・・・おやすみなさい、とおのくん」
意識が朦朧とするなか、目の前には先輩ではない、髪の長い知らない女性が立っていた。
「お・・・お前・・・は・・?」
朦朧としている意識を必死に紡ぎながら声を上げる。
相手の顔はグニャグニャとゆがんでいてとても確認できそうにない。
「私か?私は今日から貴様の飼い主となる者だ・・・・・・。
光栄に思え、貴様は今日より我等が神の剣と選ばれたのだ!
そして私は、その剣を振るう者・・・・・」
―――――ナルバレック―――――
そう彼女が名乗ったと同時に、俺は意識を失った。