「……」

ゴォォォオオオオン!


「……」

ズドォォオオオン!



リビングと言う限られた空間の中、縦横無尽に飛び回るミサイルと機関銃の嵐。

その荒れ狂う舞台の中、その男は蜘蛛のように舞い続ける。



遠野家の居間は、日本でありながら、そこだけは激戦区となっていた――――





  
氷月


〜第八話:仮面の男〜
「くっ…!」 遠野家極秘管理室。 当主である秋葉すら知らない部屋で、琥珀は毒づいた。 「この…!」 普段の彼女にしては珍しいほどに、その顔には焦りがにじんでいた。 額には脂汗まで浮かんでいる。 「ぅう…!」 ガチャガチャガチャと世話しなく稼働するスティック。 乱打のようで、実は緻密に計算された動きで6つのボタンを叩く。 何十何百という連携を考えた。 いく通りもの策を練った。 相手の動きを考慮し、研究し、成功を重ねてきた。 その修羅の技が、目の前の相手…画面の向こう側で蜘蛛のように縦横無尽に移動し続けるセラフには 一向に通じない。 対アルクェイドという化け物を想定して練習に練習を積んだ、その連携が、ひとつとして当たらない。 ガトリンクで追い詰め、ミサイルで王手。 ――敵の一振りの刃に、ミサイルは爆発することなく敗退。 煙幕により視界を潰し、サーモグラフィーにより位置を掌握、そして集中砲火。 ――見えないはずの攻撃を、見えているかのように…いや、「分かっていた」ように全て紙一重で避ける。 相手が悪すぎる… 動きが全くと言っていいほど『読めない』し『見えない』し『ワカラナイ』。 アルクェイドの時ですら『少し』は視認できる『初動作』がない。 ――琥珀は知るはずも無い。 初動作のないその動きこそ、武において最高位に位置する業であることを… そして、何よりも… 対する琥珀自身、心境穏やかではなかった… 常に笑みを絶やさず、それでいて心は常に冷静。 全てを達観するかのような『策士』 その策士が心を乱していた。 原因はもう分かっている。 ――まさか、こんなにもアノ人に依存していたのでしょうか、私は… 脳裏に浮かぶのは彼の笑顔。 彼は自分の笑顔を日向のひまわりみたいと言うが… 自分がひまわりなら、彼は太陽だ。 日光がなければ、上手く咲けない(笑えない)―― 「―――っ…」 奥歯をかみ締める。 ――目頭が熱い。 「――ぇして…」 視界がぼやける。 唯でさえ最悪の状況なのに、視界が悪くなっては勝ち目など無い―― それでも頭に血が上っていく。 「-―返して…」 ――彼の、困ったように照れ笑う姿が、脳裏から離れない――― ――彼の隣の相手はもう決まっている… ――それでも、別れるのなら、最後はきちんと面と向かって… ――だから、そんな突然死んだなどということ…認められない―――――― 「志貴さんを返しなさい!!!!!!!」 琥珀は、コントローラーを跳ね除け、マイクをつかむと、張り裂けんばかりの声で叫んだ。 「志貴さんを返しなさい!!!!!!」 居間の中で、琥珀の声が響き渡る。 「……」 硝煙の臭いが漂う、もはや原型を止めていない居間… 壁などは特殊コーティングされた素材であるため、凹んだりしているが、豪華絢爛だった装飾品はすべて粉砕してしまっている。 その中で、衣服のみがボロボロになっているが、身体のドコにも傷一つ無いセラフは、相変わらず無言で佇んでいた。 「なんだ、もうおしまいか…」 セラフは女の声でつまらなそうに答えた。 「ええ、もう何にもありません! ミサイルも使い切りました!トラップももう有効なのがありません!  ガトリンクも先ほど破壊されたのが最後です!」 興奮し、ヒステリックに叫ぶ琥珀。 普段の彼女を知るものが見れば、きっと目を点にしていることだろう。 「…ヤレヤレ…まぁ近代兵器と戦闘という、面白い試験運転ができたからな…」 楽しげに…悪魔がその唇を吊り上げた… 「特別だ、会わせてやる」 「――え?」 そう言って、セラフは自らの白い仮面を剥ぎ取った。 「そら、感動の対面だ」 その笑みは一言で言えば「邪悪」。 唇を吊り上げ、心底人を見下した笑み。 それらを、それらよりも目を引き付ける…蒼い、美しい瞳。 「う……そ……」 誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ 誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ 誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ 自分は知らない、こんな人は知らない… 知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない 知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない 知らない知らない―――知っているはずがない!!! 一目見た時は分からなかった。/知らない 余りにも違う笑い。/あんな人は知らない 日向で、のんびりとした柔らかな笑み。/知るはずがない 照れたような、困ったような、はにかんだ笑み。/別人、他人の空似 そして、ごくたまに垣間見せる、全てを達観したような儚い笑み。/他人、他人 ――その、彼を彼とする、どの「笑み」にも属さない「嘲み(えみ)」。/私の知らない人 だが、疑う余地も無く…全てを嘲笑うその顔は―― かつて、遠野志貴と呼ばれていた一人の青年だった―― 「し…き、さん――?」 焦点が合わない、思考が上手く働かない、前がよく見えない、 自分が立っているのかわからない、…もう、何もわからない…分かりたくない、理解したくない だから否定する。全てを止めて、時間を止める。 ――プツンと、頭の端で何かが切れた。 「ァ――」 ――琥珀は、そのまま意識を手放した…。 ゴトリ… 居間に何かが倒れる音が響く。 それは居間の中で何かが倒れたのではなく、どこかに隠されているだろうスピーカからの音だ。 「……っ…くく…ぅくくくく…アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」 笑う、笑う…彼の顔のまま笑う。 「倒れたか!? 気を失ったか!? それとも嬉しすぎて失神したか!?  っく…アハハハハハハハハハハ!!!」 愉快、愉快、愉快、愉快… まさか失神するほど絶望するとは――! なんと愉快! なんという快感! なんと甘美な! 今の今まで気丈に振舞っていたものが、こうもあっさり絶望する。 ――なんて、人間は面白いんだ… 「アハハハハハハ!ハハハハハハハハハハハ……ァ…ん?」 馬鹿笑いしていたのがウソのように、ピタリと、表情が引き締まる。 「この気配…真祖か――。まぁいい、"試運転"も終わったし"実験"も済んだ…。  ここは早々に引き下がらせてもらおう…」 そう言って、再び仮面を被る。 「さて…ではな小娘、充実した時間だったぞ?」 そう言い終わった時、リビングには誰一人として存在していなかった…