時は、しばし遡る…

試運転…出来上がったばかりの新製品の性能を試すべく、試みる「実践」

そのモノの性能のいかんを知るべく扱われるその行い…

だというのに…




――死徒の姫を狩るという「異業」…それを試運転と称すのだから、その者の気が知れない。




彼女の名はナルバレック、人にあらざる狂気を纏い、人には過ぎた力を振るう……神の、代弁者也――


試されし『製品』の名はセラフ…神の身に仕える天使、その最上位に位置する熾天使の総称。


――その身はかつて、遠野志貴と呼ばれていた一人の青年…


だが今は、神の…その代弁者の剣…意思持たぬ殺戮機械(killing・doll)也――











「――首尾はどうだい?」


いつもどおり、余裕を持った声で…メレムソロモンは、ノートパソコンに向かうナルバレックに問いかける。


「……」


ナルバレックは気づいた様子も無く、ただ画面を食い入るように見入っていた。

セラフがアルトルージュの城より帰還してからずっとこの状態だ。

時折何を思ったか、口の端を盛大に吊り上げて、喉を震わせながら笑っている。

――完全に、違う世界に居るようだ…


「聞いてない…いや聞こえてないか…」


いつも通りの彼女の様子に、いつも通りため息をつく…


「キミも…厄介なのに好かれたものだね…トオノシキ…」


同情から来る哀れみなのか、それともただ思ったことを呟いただけなのか…

道化は相変わらず道化の表情だった…





  
氷月


〜第十一話:試運転〜
「…以上が神の剣、熾天使の状態です」 画面の向こうで、冷たい印象を受けるやせ細った中年男が、眼鏡を治しながら淡々と語る。 「…」 ナルバレックの眼が細まる。 現在、彼女の眼には画面に映る男性の映像よりも、その左側に映し出された「数値」に釘付けになっている。 数値のほとんどは「赤」、つまりは過度の状態を示している。 「脳の損傷が思った以上に激しいな…」 ぼそりと呟く。 「『実』はちゃんと機能しているのか?」 「――はい、問題なく。 修復速度よりも処理速度のほうが激しいので、結果的にこれ以上は求められません」 「……肉体のほうは問題ないようだな…」 「こちらは…『門(ゲート』のおかげでしょうな、身体的な向上が『死徒』のそれを遥かに上回っています…。  潜在能力と合わせれば…下手をすれば、真祖に近い数値です」 「――」 笑う、とても欲しかったものが手に入った子供のように笑う。 だが、子供にしてはその笑みは妖艶すぎる、そして冷たすぎる… 「『閉』での戦闘の数値が軽く五千を超えています、元より才能もあったのでしょう…  これならば『魔眼』を使用せずともほぼ問題はありません」 「『開』での状態はどれくらいだ!?」 早く聞かせろと言わん張りに、画面の男を睨みつける。 「…計測、いえ、推測に過ぎませんが。――およそ二万…『神祖』に匹敵する数値です…」 「――」 もはや、その笑顔を見て、笑顔と気づける者が居るのだろうか… 歓喜、狂気、それでありながら正気の笑み… ――至った…ついに至った――!!! 「ははははは、あははははははははははははは!!!!!!。  主よ!気高き主よ! ついに至りましたぞ!!  ――くははははははははははははは!!!」 主…神の名を叫びながらも、その声に信仰の意は感じられない。 むしろ見下す…そう言ったほうが適切とも取れる声色だ… 狂ったように笑う女性――しかしながら、 冷たい、冷たいその瞳は笑っておらず、どこか遠くで全てを見下している…。 「――で、現在の問題点ですが…」 「――精神、か」 唐突に笑うのを止め、再び画面に向き直る。 先ほどと違い、嫌なものを見る眼… その視線の先には青い数値。 「こちらが、その時のものですが…」 男がそういうと、画面の右下にグラフが表示される。 そのグラフでは、ほぼ線が一直線に水平に進んでいるが、ある時点から急上昇してきている。 「……」 ナルバレックは知っている…その線が急激に上がった時間を… 「この時刻、何かご存知で?」 その表情を見落とさず、画面の男は尋ねる。 「アルトルージュとの交戦開始時からだ…、その時から急激に『帰って』きおった…!」 ギリ、と奥歯をかみ締める。 だとすると、原因はやはり… 「ああ、貴様も聞いているだろう?」 「『アルクェイド…』でございますね…」 「そうだ…奴め、『殺した』と思っていたが、アレの顔と出来損ない(アルトルージュ)の顔がだぶったんだろう…」 「では、まだ生きている…ということですな…」 「『仮死状態』だろうな、何かの起爆剤で起動するみたいだがな…厄介だ…」 「ですが、流石にこれ以上沈めることは…」 「ああ、私でも無理だ。 仕方ない…完全に死ぬまで働いてもらうとしよう…」 「――『弓』を付けるそうですが…よろしいので?」 「ああ、慣らしもかねてな…知り合いが近くにいればどういう反応を示すかも調べろ…」 男は眼鏡をつい、と指で押し上げると、意味ありげな視線を向けて呟いた 「了解…『試運転』のプラン2の決行、ですね…」 「ああ」 そう頷くと、再び口の端を三日月に吊り上げる。 「死に底無いのジジイに引導を渡してやれ――」 …… 「随分な、扱いですね…」 誰ともなく、一人呟く。 「死なない体に用は無い、元より罪深き体…神の意思の元、その存在に罰を…。  ――まぁ、どうせ…あのクソババァに体よく厄介払いされただけなのでしょうけど…」 はぁ、と深くため息を付きながら、彼女…シエルは目の前の光景を見て、再びため息をついた。 彼女が今居るのは小高い岩で出来た丘… その眼下には、蠢く影、影、影、影… 「27祖の王、白翼公を処断せよ――、か。  巨大な死徒の王としての権力、広大な領地、100万を超える死者…1000を超える死徒…。  それだというのに…」 もう一度、影を見下ろす。 よくよく見れば、その影は一つ一つが人の形をし、ところどころが欠けているように見える。 それを見て、頭を抱えるシエル。 今回彼女に向けられた『仕事』――27祖、17位…王としての発言力、そして圧倒的物量の兵を繰る死徒の王―― その、断罪…何ををどうすればこんな馬鹿げた命令が出せるのか―― 「あからさま過ぎますね――。  これなら『さっさと死ね』と言われた方が幾分かましってものです…」 「…マスター」 一人で呟いていたシエルの隣にぼんやりと、少女の幻影が浮かぶ。 第七聖典の精霊『セブン』だ。 「マスター、逃げちゃいましょう? 日本に行けばきっと――」 「セブン」 彼女の言葉を遮る様にシエルは口調を強くする。 「逃げたいのならばさっさと逃げなさい。  私は執行者、与えられた使命を誇りを持ち、遂行する者…。  そんな考えでは足手まといです」 冷たい表情でセブンを見つめるシエル。 だが、セブンは判っていた。 その台詞にこめられた真意――ようは彼女は自分に「逃げろ」と言ってくれているのだ。 それに、彼女がこの仕事を誇りを持ってやっている等と…戯言もいいところだ。 シエルが黙って、セブンを見つめる。 そしてセブンの輪郭がはっきりと見えるほどに現界する。 シエルからの魔力供給が強まったのだ。 「あれ?…マスター…?」 マスター、と言おうとして、口を塞がれた。 セブンの目の前にはシエルの顔。 口内に無遠慮に侵入してくる異物。 「!!!!!」 そこでセブンは気づいた、自分がシエルにキスを… 口内の唾液を遠慮無しに吸われ、飲み下すという深い、深いキスをされていることを… 「…ん…ぁ…」 たっぷりと20秒ほど口内を蹂躙した後、やっとシエルはセブンを開放した。 「――っぷあ…」 開放され、新鮮な空気を取り入れつつ、セブンは顔を赤く染め、某とした表情で佇んでいた。 そして、数秒後、復活した思考で講義を開始する。 「まままままままま…!マスターーー、い…いいいいいい一体何をするんですか―――!!!」 ズサーっと後方に後ずさるセブン。 顔を真っ赤に染め、泣きながら叫ぶ。 「わ、わわ私のファーーストキッスを、あ、ああんなディープにって、そうじゃなくて、だから!!!」 なんとか、言葉を搾り出そうとして…出そうとして、シエルの表情を見てセブンは息を呑んだ。 ――今まで、彼女が向けてくれたことの無い慈愛にみちたその表情に… 「マス、ター?」 「すみませんね、セブン、あなたの『はじめて』を奪ってしまって…  ですが、これで貴方は実態化してこの場を離脱できるでしょう」 「あ…」 そう言ってセブンは自身に満ちる今まで異常の魔力の本流に気付いた。 「貴方と…少々強引でしたがパスを通しました。  これならば、長時間の単独行動ができるでしょう?」 そう、シエルは今の体液交換を行い、セブンを自身の使い魔として現界させ。 彼女を長時間実態化できるように魔力を送りつけたのだ… ――これから、自分は絶対的な死地へと、赴かなければならないというのに…… 「マスター…」 「さっさと行きなさい、貴方のような貧弱な駄馬は目障りです。  日本にでも逃げ込めば、どこぞの善良な青年が気まぐれに拾ってくれますよ」 厳しい表情と感情の篭らない声でそう言うと、セブンに背を向ける。 「……」 いつもなら、――女性に言うのはどうかとも思うが…確固とした自信で大きく見えたその背中は、今のセブンには限りなく小さく見えた… 「ハァ〜、しょうがないですねぇ、マスターは…私が居なくなったらどうするんですか?  第七聖典(ワタシ)を持たないマスターなんて、剣を持たない騎士…いやいや、  楽器をもたない演奏家さんみたいなものですよ〜」 口元を蹄で押さえながら「にやり」と笑う。 「――言ってくれますね、この駄馬は…」 やれやれ、と言った風に目線だけを向ける。 「見くびらないでください、貴方なんて居なくとも、私は十分に――」 ――と、そこでシエルは声を止められた…。 自身の背に感じるぬくもりに… そして、自身へと『戻ってくる』魔力の流れに… 「まったく強情なマスターですねぇ…。でも私はそんな強情なマスター、嫌いじゃないですよ」 そう言って、えへへと、少女の外見相応のはにかんだ笑顔をシエルに向ける… 背中から抱きついているので、シエルにはその表情は見えない。 「まったく、私が居ないと本当にどうしようも無いんですね、マスターは…」 「今日はよく舌が回るんですね…、罰として、今日のカレーはニンジン抜きです」 「ひぇぇぇぇえええぇぇぇ!!横暴です!横暴ですよ〜〜!!」 そう言ってシエルは、ふっと軽く笑みを浮かべる。 今晩はニンジン得盛カレーに決定だ…それにはまず… 「『コレ』が終わったら買出しに行かなければいけませんね…」 そう言って、強い意志をこめて、再び眼下――蠢く百万単位の死者の群れをにらみつける。 もはや迷いは無い。 ふと…その視線を真横に向ける。 ――そこには男が立っていた。 シエルと同じく、聖職者の服装…頭にはシスター帽のようなものを被り…何の酔狂か顔を白い仮面で隠した男… 先ほどからのシエルたちにも欠片の興味を示さず、仮面の下の暗い瞳は、ただただ目前の… 蠢く死者のその奥。 幾重もの結界にとざされた、正に魔王の城…ただそれをぼうと見つめ続けていた… 今回のシエルの任務に同行させられた…者。 確か、クソババァ曰く、名をセラフ…『熾天使』と言っていた。 ――よりにもよって天使の最上位種の総称ですか…。 その時のシエルの表情は正に呆れ顔だった。 自惚れもいいところだ…と、痛感していたからだ。 「セラフさん……貴方は、一体誰ですか?」 シエルが一旦区切って問いかける。 「……」 されど、セラフは応えない。 ここに来る以前からそうだった。 ナルバレックに命令された時も、微動だにせず、何も言わず、何も見ず、ただ仮面の下の虚ろな眼で、 何を考えているのかもさっぱりわからない…まるで廃人のような男。 ――司祭の中にあのような格好の男は見たことが無い。 新しく勧誘されて…直ぐにナルバレックの恨みを買い、ここに来たのか… 実際にありうることだが…、ナルバックが男を紹介する態度は嬉々としていて見ているこっちが気持ち悪かった…。 ――では、他に目的が…? シエルは思考をめぐらせるが、やはり検討がつかない。 狂人の考えは、やはり狂った者にしかわからないのだから… 男から視線を外し、…深呼吸をひとつ。 「――考えても仕方ありませんね。 さっきからダンマリばっかりで…もういいです」 諦めた――。  なぜなら今はソレよりも大きな問題が目の前にあるのだから。 「せいぜい、足を引っ張らないでくださいね? 助けを請うても、私は見捨てますよ?」 冷たく言い放つ。――が、セラフは無言のまま、やはり何の反応も示さない。 シエルはそれを意に介さず、 自身の隣に置いてあった黒い巨大なトランクを開ける。 そこには二つの『筒』が入っていた。 その筒のうち、4つの穴が開いた大きな四角形の物を取り出し、『筒を伸ばす』。 ガキン、と音を立てて筒の長さが伸び、使用可能な状態になる。 かなりの重量を持ったそれを、軽々と肩に担ぎ、4つの穴を真下に蠢く集団に向ける。 「――主よ、どうかお導きを…」 そう呟くきながら…柄でもないな、と内心苦笑しながら、シエルは…ミサイルランチャーのトリガーを引いた。 ――三対百万…絶望的な戦争が、始まった。 後書き 続きます、次回はシエル視点! 先輩大活躍!!! ――たぶん…↓より再び次回予告!なんてこった!今度はシリアスだ!!?
<次回予告> 死屍累々の大地を、駆け抜けるは弓の第七司祭。 己の持てる技、武器、スピード、そして魔力… それを惜しみなく使い、死人の群れを浸駆ける。 ――止まらない、否、止まってはいけない。 城に辿り着くまでの黄泉路…止まることは出来ない。 …止まれば、死ぬ。 絶対に―― 駆逐しなぎ払う、そんな…『弓』でありながら『矢』となり疾走する彼女の横を ――殺戮機械が、駆け抜けた… 次回… 氷月、第十二話、「殺戮機械」…