蠢く影はこちらには気づいていない。
白翼公の領地に入った時点で、こちらの存在はばれていることは間違いない。
だが、死者たちはただひしめき合い、蠢くのみ。
侵入者に対する迎撃など行っていない…
――たかだか人間二人程度、「侵入者」とは捕らえていないのだろう。
認識としては…沸いた「虫」、せいぜいそんなところだろう…
舐められているのはあきらかだ。
そこで一旦思考を区切る。
息を大きく吸って…吐く。
覚悟は決まっている。
無論死ぬ覚悟ではない、何があろうと生き残る覚悟。
――だけど身体は正直だ、心もとなく震えている。
これから百万の死者に喧嘩を売るのだ、それは当然といっていい。
もう一度、息を吸って吐く。
「――主よ、どうかお導きを…」
そういって信じても居ない神様のことを思い、内心苦笑『させて』、私はミサイルランチャーのトリガーを引いた…
――必ず生きて帰る。 もう一度そう心の奥で呟きながら…
氷月
〜第十二話:殺戮機械〜
ドン、という音を立て、一発目のミサイルが発射される。
別に、これに神聖な加護などありはしない。
ただ、すこしばかり手を加えたことといえば…
ドゴォオオオオオオオオオオオオオォォオオオオン
――爆発の威力を、少々強めておいた…とだけ言っておきましょう。
灼熱色の華が死者の大地に咲いた。
ドン!…続いて二発目。
初弾が着弾し爆煙を上げているその少し先を。
再び轟音、大爆発…大地を抉り、死者を吹き飛ばし蠢く影を焼き払う。
ドン!三発目。
三つ目の大輪が、二つ目の華のさらに前方に咲く。
ドン!最後の一撃。
今までで一番大きな花が、三つ目の華のさらに先へ―――
4つの『一直線上』に連なった、爆煙…
黄泉路への『入り口』が、完成した…
空になったロケットランチャーを投げ捨て、
トランクにあったもう一つの筒を構え、筒の先の「バッテリー」を背負う。
ズッシリとした重量感。黒い無骨なボディ。
聖人服には不釣合いなその重火器、元は『戦闘機専用』を無理矢理カスタマイズした…『シエル専用ガトリング砲』
「行きます!!!」
身体を奮い立たせるように叫び、私は大地を蹴った…
「……」
セラフは相変わらず無言で…本当にどうでもいいように、軽く大地を蹴り私の後ろに続いた。
目の前には真っ黒な煙。
まだ熱を持っているであろうが、こちらは『耐火』の呪詛は施してある。問題は無い。
煙の中を…初弾の爆心地に着地した。
黒い煙で視界は最悪だが、視力を「強化」そして少々の「補足」で煙から目を守っているのでこれも問題ない。
4発の爆発で生み出した活路…その中を一直線に突っ切る。
「はぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
ガリガリガリガリと轟音を立てながら、ガトリング砲が火を噴く。
本来ならば男性でも直立不可能な反動…それを『魔力で相殺する』という独自の発砲方法で
走りながら前方に向けて放つ。
まだ煙は抜けていないが、構わず前方を撃ち続けながら走る。
――ものの数秒で、煙を抜けた…
ソコは一言で言えば地獄。
一人として生きたモノなど存在せず。
腐乱し、腐食し、爛れ、不ぞろいな死体、死体死体死体…
だが、それを前にしても足を止めはしない。
私の前方には肉片の『道』…
ガトリング砲が作り出した第二の活路。
いまだガトリング砲を撃ちやむ事無く、その血肉の道を突き進む。
トリガーは引いたまま。放すことは無い。
グシャ、グチュ、グショ…
嫌な音を立てながら死体をバラバラの肉片に変えつつ、新たな道を駆ける。
後ろのもう一人のことなど、とうに頭の端から無くなっていた。
…どれ位殺したか、どれ位走ったか…城はまだまだ遠い…
ガトリングで粉砕し、道が閉じる前に駆け抜けてきたが…
黄泉路を作り続けた第二の道標…ガトリング砲がカラカラと、軽い音を立てた…
全部で1000発…撃ちつくしましたか…
「フッ!!」
瞬発力と、バネを使い、ガトリング砲をためらいなく前方に放り投げる。
ゴ!グシャ!グチャ!グジャ!!
投げた『相棒』は約十人ばかりの死者を肉片に変え、最後の道を立てた。
間髪居れず、手には三本…合計六本の黒鍵を構える。
「セッツ!!」
前方に六本 全てを投げつける。
その間ももちろん足は止めない。
鉄甲作用により、黒鍵の突き刺さった死者は、大砲のように吹き飛び、後方の死者を巻き込んでいく。
「トロワ!!」
更に投げる。
休む暇などない。
一秒でも止まることは出来ない、止まれば最後。
百万の使者に囲まれ、体力や戦力の問題ではなく、確実に死ぬ…。
今の私は「死」が存在する身…
生きるために、ひたすらに活路を作り出し、この黄泉路を越えねばならない。
きっともう後ろの道は閉ざされているだろう…
だから先へ進んで、この死者の迷宮から抜け出さなければ――!!
――だけど、本当に超えられるのか…
「!――っ、はぁああああああ!!!」
一瞬思考を過ぎった『諦め』を拭い去るように叫び、黒鍵を投げつける。
出来た道を『群れ』が押し寄せ、道を閉ざす前に、そこを駆け抜ける。
一時も休まずに道を作り出し、駆け抜ける。
投げて、投げて、投げて、投げて、投げて、投げて投げて投げて投げて投げて投げて投げて投げて――
黒鍵とは、教会の代行者が愛用する「投擲用の概念武装」だ。
これの刃の部分は、実力あるものならば刀身を魔力で編み上げることが出来る。
そうすれば柄の部分だけを持ち歩けばよいので携帯性に優れている。
――だが携帯するには無論、絶対数というものがあり…
200本あった黒鍵も…遂に底を尽いた
――まだ、諦めません!!!
二本の大型ナイフを取り出す。
これもそれなりの概念武装で、黒鍵よりも強度は高く切れ味も鋭い。
それを両手とも逆手に構え、両腕を魔力で強化する。
必要最低限に魔力をしぼる。
この死者の群れを抜けた先…死徒の王を倒さねばならないのだから…
魔力で強化した腕で、ナイフを強く握る。
前方を見た…
道は途中で途切れ、その先は死者の壁…
城への道は今だ遠く…いや、城の大きさを考えると半分までは到達できた。
――後半分!!
もう何対吹き飛ばし、肉片に変えたかは覚えていない。
相手の数は百万単位。
そこを一直線上に…愚直に真っ直ぐに突き進んできたのだ。
面積的に考えると…一万くらいは倒したかもしれない。
第七聖典は威力としては「ミサイル」よりも強力だが、標的は単一…多数相手には向いていないし、非効率だ。
…だから、後一万はこのナイフ二本で進まねばならない。
奥歯をかみ締める。
止まりそうな、鉛のような足を無理矢理前に進める。
壁が近づく。
「遠野君…」
死者との距離が5mともいえない距離まで近づいた瞬間。
私は知れず呟いていた…
そして、
「――え?」
第七司祭