月姫〜蒼き瞳の暗殺者〜

月姫〜志貴の受難〜

短編〜架空請求書〜








チュン、チュン、チュン、小鳥の囀る声が辺りに響き渡り、心地よい音色を奏でる。
木々の梢は、朝露に葉を濡らしている。
時刻は早朝、まだ起きている人の方が少ない時間帯である。
そんな時間帯にも関わらずに、一人の女性が箒を片手に家の外へと出て来た。

「あは〜。今日も良いお天気ですね〜。後で翡翠ちゃんにも教えましょう♪」

何がそんなに嬉しいのか、女性は―――琥珀と言う名のその女性は、顔に満面の笑みを浮かべながら嬉しそうにそう口にした。

「さてさて、お庭のお掃除もそこそこにして、朝ご飯のお支度をしなければなりませんね」

そう言いながら琥珀は、郵便受けの中から新聞を取り出した。
そして新聞を取り出した拍子に、恐らく新聞と一緒に郵便受けの中にあったであろう、封筒らしき物がひらひらと宙に舞い、地面へと落ちていく。

「むっ! させません!!」

その瞬間、琥珀が手にしていた箒が勢い良く地面から空へと迸った。

ブワッ!!

琥珀の箒によって舞い起こされた風が擬似的な突風を巻き起こし、地面へと落下する筈であった封筒を再び宙へと舞い上がらせた。
そしてその封筒は、まるで何かに導かれるかのごとく琥珀の手へと収まった。

「さて、昨日はこんな封筒は無かった筈なんですけどもね〜。はてさて、いったい誰宛でしょうかね〜」

琥珀は封筒の宛名を確認し、続いて差出人を確認した。

「此れは・・・あは〜、楽しい事になりそうですね〜」

差出人を確認した途端に、琥珀は一瞬考える素振りを見せたが、次の瞬間には唇の端を持ち上げ、心底楽しそうな顔をしていた。
この時の琥珀の表情を見れば、遠野家の住人達は口を揃えてこう言ったであろう―――

「「「あの顔は、琥珀(さん。姉さん)がまた、何かよからぬ事(悪戯)を考え付いた時の笑みです(だ)」」」と・・・

来た時よりも更に楽しそうな笑顔で琥珀は、その封筒を自分の主(秋葉)へと持って行く為に、小走りになりながら玄関へと向かった。



ちなみにその封筒には、遠野家の長男、遠野志貴宛になっており、差出人は債権会社リクルスとなっていた・・・



「・・・ん・・・ぅぁ、何だか秋葉の怒声が聞こえたような・・・?」

志貴は魔眼殺しの眼鏡を掛けながら、首を傾げた。

「ん、珍しく翡翠が来る前に起きれたな・・・」

ベットから降りて、着替えながらそんな事を呟いた。
今は春休みの為に、志貴が通っている高校は休みである。
本来なら惰眠を貪りたい志貴だが、秋葉がそう云う所は厳しい為に、それは所詮儚い夢である。

コン、コン・・・

誰かが部屋をノックする音が志貴の耳に入った。
いや、この時間に自分の部屋を訪れる者は決まっている。
志貴付きのメイドの翡翠だろう。
毎日決まった時間に起こしに来るのが、翡翠の仕事の1つだからである。
もっとも、自分が起きたい時間にならないと、まるで死んでいるように眠る志貴は、翡翠に迷惑を掛けっぱなしなのだが・・・

「翡翠か? 起きてるから入ってもいいよ」

「・・・失礼します。志貴様」

一瞬返事に間があったが、恐らくは、自分が一人で起きている事に驚いたのだろうと納得した。もっとも、その予想に少し悲しくなったが。
だが、今日の翡翠の様子は何処か変だった。
何時もなら淡々と仕事をこなすのに、今日は何処か落ち着きが無く、ちらちらと志貴を見ていた。

「? どうしたんだ翡翠? 何か言いたい事があれば、言ってくれ」

そんな翡翠の態度に、違和感を感じた志貴がそう翡翠に訊ねた。
だが、翡翠の応えは素っ気無い物だった。

「いえ、なんでもありません。それよりも、居間にて秋葉様が志貴様をお待ちです」

「秋葉が・・・? なんだろう? 最近何かやったかな?」

首を傾げ、最近自分がとった行動を思い返す。が、

「まぁ、いいか。秋葉には直ぐに行くって伝えておいてくれ」

結局思い出せなかったのか、それとも、思い当たる節が無いのか、そう翡翠に告げる。

「かしこまいりました。志貴様」

ぺこりと一礼をしてから、志貴の部屋を出て行く翡翠。
そんな何時もと様子が違う翡翠を見ながら、志貴は、『俺、何か翡翠の気に障ることでもしたかな・・・?』
なんて事を考えていた。



「おはよう、秋葉。琥珀さん」

居間に入って直ぐに、秋葉とその後ろに佇む琥珀に朝の挨拶をする。

「おはようございます、志貴さん」

「おはようございます、兄さん」

琥珀は何時ものようにニコニコ顔で、しかし秋葉の方と言えば―――

『逃げたい・・・何故だか知らんが、今日の秋葉の機嫌は最悪のようだな・・・なんだか幻影か、秋葉の髪が紅く見えるしな・・・』

今すぐ回れ右をして、入ってきたドアから逃げ出したい気分に駆られた志貴だが、何時の間にやら志貴の背後には翡翠がいて、
逃げ出すのは不可能な状態になっていた。

『此れが世に言う、”前門の狼、後門の虎”ってやつか?』

「・・・琥珀さん、お茶・・・頼みます・・・」

覚悟を決めたのか、それとも逃げ出すのを諦めたのか、志貴は秋葉の前のソファーに座り、琥珀にお茶を頼んだ。

「はい。ただ今お持ちしますね、志貴さん」

何やら、何時も以上に楽しそうな琥珀の声が印象的であった志貴だった。



「兄さん」

琥珀が持って来たお茶を一口飲むのを切っ掛けとしてか、今まで黙っていた秋葉が口を開いた。
そしてその声を聞いた志貴は、今までの沈黙から来るプレッシャ―が、より強くなったのを感じた。
結果、

「ハイ、ナンデゴザイマショウカ、アキハサン」

片言の日本語になってしまったのは、決して責められないであろう。

「此れは・・・いったいどう云う事ですか?」

怒りを口調に含ませながらも、表面上は穏やかな顔で、志貴へと封筒を渡す。
表面上穏やかな分、余計に寒気と恐怖を感じる志貴。
そして、恐らくそれが怒りの原因であろう封筒へと目を向けた。
志貴は知る筈も無いであろうが、その封筒は今朝、琥珀が郵便受けから取り出した物だった。

「? この封筒がどうかしたのか?」

疑問に思いながらも、志貴は封筒を確認する。
だがしかし、志貴には封筒の差出人には憶えが全く無かった。
首を傾げながらも、封筒の中身を確認する。
そして次の瞬間、周りに秋葉達が居るのも忘れて、志貴は大声を上げていた。

「な、ななななななな、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁああああああ!?!!?!?」



志貴が見た封筒の中身の文面―――其処にはこう書かれていた。


遠野志貴さまへ
此方は債権会社リクルスです。
お客様がご使用なられた、アダルトサイトと出会い系サイトのご利用料金が未納となっております。
速やかに指定の口座へとお支払いになられますようお願いいたします。
ご使用になられました料金は、延滞料を含み以下の通りです。
285000円
尚、この封書は最終勧告です。
お支払いにならねない場合は、当方といたしましては裁判も辞さない所存です。
では、以下の期日までにお支払いをお願いいたします。
○月×日
お分かりになられない事が御座いましたら、以下の電話番号へとお掛けください。
090−○●△□−△□□●
債権会社リクルス
本社住所 三咲町11−4−9



「”なんじゃこりゃーーー”ではありません! 此れはいったいどう云う事ですか、兄さん!!

よりにもよって、遠野家の長男ともあろう者が、あ、アダ、アダ、・・・そのようないかがわしい事に及ぶとは・・・覚悟は出来ているんでしょうね?」

「ちょ、ちょっと待て秋葉!! 冷静になれ! 言って置くが、俺には全然心当たりが無いぞ!?」

「そう・・・あくまで白を切るんですね。でも、ここにちゃんと証拠があるじゃないですか? これはいったい、どう説明する気ですか?」

まるで天使のように微笑みながら志貴に詰め寄る秋葉。
もっとも、その髪はもう紅に染まっているのだが・・・
一方志貴はと言うと、コトは自分の命に関わる。
その為に、猛スピードで脳が回転していた。
下手な事を言えば殺される―――それは秋葉の態度を見れば明らかだ。
だが其処で、ふと志貴はある事に気が付いた。

「なぁ、秋葉・・・」

「何ですか兄さん? お祈りでもしたいんですか?」

「い、いや、そうじゃなくってだな。この文章に関する、重大な欠点を見つけたんだ」

「重大な欠点ですか? では、その重大な欠点とやらを仰ってみて下さい。
但し、もしそれが私の納得できないような事ならば、兄さん・・・覚悟は良いですね?」

「は、はい! それじゃあいいか? この文には”アダルトサイトと出会い系サイトのご利用”と書いてあるよな?」

「ええ、その通りです兄さん」

秋葉は志貴の言葉に頷く。

「サイト・・・と言うからには、当然インターネットを利用した物だろう・・・だがしかし、ここである疑問が生まれる」

「疑問・・・ですか?」

「そうだ。疑問だ」

首を傾げる秋葉に志貴はこう続けた。

「すなわち、携帯もパソコンも持っていない俺が、どうやってインターネットをするんだ?どちらか片一方も持ってない俺じゃ、
当然の事ながらインターネットは出来ないと思うが? インターネットが出来ない。
すなわち、そんなサイトへのアクセスも出来なければ、当然利用も出来ないと思うんだが?」

「・・・・・・・・・・あ! 確かに・・・言われてみれば、確かにそのとおりですね」

胸を張って言い切る志貴に、その言葉の意味に気が付いた秋葉が納得する。

「それでは、何故、このような封筒が兄さん宛に届いたのでしょうか?」

「まさか・・・兄さん! 学校のパソコンを利用しているんじゃ・・・・」

志貴が学校のパソコンを利用する・・・その可能性に思い至った秋葉が、再び志貴へと冷たい眼差しを向ける。

「ちょ、ちょっと待て秋葉! 何でそうなる?! 第一、学校のネットを利用したんなら、その請求は学校に行くだろうが! 
それに俺の学校のパソコンは、そう云うサイトへはプロテクトが掛かっていて、そう云ったサイトへはアクセス出来ないのは、有彦が証明済みだ!」

ゼーハー、ゼーハー、と息を切らせながらそう弁明する志貴。

「そうなんですか? そうだとすると、ますますこの請求書が兄さん宛に来たのかが判らなくなりますね・・・」

「秋葉様、それは恐らく、最近流行の架空請求書だと思います」

「架空請求書? 琥珀、何なのそれは?」

「はい。架空請求書と言うのは、本人に身に憶えの無い請求書を手当たりしだい送りつけて、裁判沙汰にすると言う脅し文句の付けて、
大金を騙し取ろうとする手口の事です。つまりは、詐欺・・・と言う事です」

「詐欺ですって!? ・・・ん? それよりも琥珀、確か貴方が私にこの封筒を持って来たんだったわね。 
そうすると・・・こ〜は〜く〜、貴方・・・これが詐欺だと知っていて、私に黙っていたわね〜〜〜!!」

最後の方は、地獄の亡者もかくやと言わんばかりのおどろ恐ろしい声をあげた。

「あは〜。秋葉様、私はしがいない召使ですよ? それなのに、秋葉様に意見などするなど・・・そのような無礼な事はできませんよ〜。
それに、私に何も聞かなかったのは、秋葉様ご自身ですよ? 私には何の落ち度もありませんよ〜。あは〜♪」

琥珀は秋葉の怒りを流しながら、満面の笑顔でそう言い切った。
だが、他の三人はそうは思っていなかった。

『姉さん・・・絶対に確信犯ですね・・・』

『琥珀さん・・・また俺と秋葉で遊んだな・・・』

『きぃぃぃぃぃ!! またしても琥珀にしてやられたわ!!』

三人のそんな様子を見ながら、琥珀は心底楽しそうな笑みを浮かべるのであった。





―――後日―――

志貴に架空請求書を送った男たちが、全員病院へと運びこばれた。
全員が一生何らかの身体的障害を持つ事となり、そのほとんどの者が、精神科の病院へと通院する事となった。
なんでも、突然紅い髪の鬼女が、自分達のねぐらを襲撃して大暴れをしたとかなんとか・・・


一方志貴はと言えば、詐欺グループの壊滅の噂を聞き、その大暴れした鬼女の話を聞いたところで、
自分の妹を思い浮かべたのは志貴だけの秘密である。
そして家に帰ったところで、此処最近不機嫌だった妹が、妙にスッキリした表情をているのを見て、詐欺グループの冥福を祈ったのであった。



くだんの件の詐欺グループ壊滅から暫く、架空請求書を送り付けていた詐欺グループ達が、
次々と紅い髪の鬼女に襲撃されると言う事件が日本全国で起き、詐欺グループ達を震え上がらせる事となりましたとさ。







〜あとがき〜

今流行の? 架空請求書を題材とした電波ものです。
何故だか、黒獣さんの絵を見ている時に、ふと受信した電波物語がこれです。
いったい何故でしょうかね?
ま〜恐らくは、全ては黒獣さんの絵から発せられていた電波の所為でしょう。
全ては黒獣さんの所為―――
そう云うことにしておきましょう。(笑い

さて、今回架空請求書を題材とした訳ですが、私自身は架空請求書が届いた事はありません。
ですので、封筒の中身の文が変な所もあるかも知れませんが、その点はご了承下さい。
テレビのニュース番組や、特集で見た文を覚えている範囲で書いた物ですしね。(苦笑
それでは皆様、くれぐれも詐欺にはお気をつけ下さい。

By:ルーン