影で眠りし二人

 

影で眠りし二人

 

 

「何だここは…………?」

 

 寒気がする程の孤独を体現した建造物の中で、一人の男が呟く。

 男は、抜き身の刃のような鋭さを持った雰囲気の持ち主だった。

 

「夢………それも志貴や吾の夢ではないな。

 何者かの意識領域の中に引きずり込まれたか………?」

 

 ゆっくりと長い回廊を歩き、何も無い回廊の果てに一つの扉が見えた。

 

「アレが終点か………」

 

 男は扉に手をかけ、一気に扉を開く。

 部屋は今までの殺風景な部屋ではなく、絵に描いた王室ように豪華絢爛だった。

 しかし、この部屋には生活感というものが欠落していて、それが空虚さを醸し出していた。

 

「ほぅ、ここへ来るものが居るとは………珍しい」

 

 部屋の奥……テラスとなっている場所から声が聞こえる。

 そこには白を基調とした美しいドレスを身に纏い、金色の髪を膝まで伸ばした女性が居た。

 その顔はまさに神の造詣を体現し、彼女の纏う雰囲気も戦女神のようだった。

 

「朱い月!?」

 

「む、よく見ればアレの想い人か?」

 

 お互いの顔を確認し、互いに驚きの声を上げる二人。

 男とは……七夜。

 失われし七夜の血族、遠野 志貴の影、殺人貴と呼ばれる者。

 女とは……朱い月。

 アルティメット・ワン、天体の観測者、神祖と呼ばれる存在。

 出会うはずのない二人の邂逅だった………。

 

「お前が居るということは、ここは真祖の姫の中か………」

 

「正確に言えば、アレの中の私の領域だ」

 

 なるほど……と、七夜は頷いた。

 志貴が朱い月について訊いた時、そういったことを聞いたことがあった。

 真祖とは………神祖を降ろす為の器であると………。

 

「しかし、何故ここに繫がったのだ?」

 

「ふっ、それは御主とアレが繫がっておるからだろう………心も体もな」

 

 含みのある笑みを浮かべる朱い月。

 その笑みを見て、七夜は冷笑にも似た微笑を浮かべた。

 

「少し違うな、吾ではなく志貴のほうだ。彼の姫君と繫がっているのは」

 

「ふむ………なるほど、御主も私と同じで身を持たぬ心だけのものか……」

 

「察しが良いな、その通りだ」

 

「ここは私の領域ゆえにな……」

 

 フフ……と、少し自慢げに笑う朱い月。

 そんな子供っぽい所を垣間見せた朱い月を見て、七夜は笑ってしまった。

 

「む……何が可笑しいのだ?」

 

 そんな七夜を見て、朱い月が不機嫌そうに唸った。

 

「いや、別に」

 

 七夜は朱い月の反応を見て、明らかに楽しそうに笑った。

 そんな七夜の様子が、朱い月の癪に障る。

 

「私を愚弄しておるのか…?」

 

「まさか………ただ………」

 

 僅かに怒りを滲ませた声色に、七夜は軽く手を振りながら答える。

 

「ただ少し、可愛いなと思っただけだ……」

 

「なっ!?」

 

 さっと顔色を変え、驚愕の表情で七夜を見る朱い月。

 その目は、何を言っているのだ?この阿呆はと、言っているかのようだった。

 

「ただ思ったことを言っているだけだが……」

 

 遠慮の欠片もない朱い月の目線に、七夜は気恥ずかしくなったのかそう呻いた。

 

「私の何がそう思わせるのか………、御主は変わっているな」

 

「変わっている……か、確かにそれは否定できん………」

 

 朱い月の言葉に、七夜は苦笑する。

 自分がまともであったり、普通だとは到底思えない。

 

 

 魔を刈り続けた吾が一族、その最高傑作とも言える吾の存在。

 狂える狂気の産物、如何なるモノにも死をもたらす死神……それが………。

 

 

 そこまで考えて、七夜は思考を止めてしまった。

 今、七夜の前に居るのはある意味『魔』の極限に位置する存在。

 にも拘らず、七夜が浮かべているのは獲物を見つけた歓喜の笑みではなく。

 心を凪いだ、安らかな微笑だった。

 それに気づいた時、七夜は驚愕の表情になる。

 突然、驚愕の表情になった七夜に、朱い月が訝しげな表情になる。

 

「一体どうしたのだ?」

 

「いや………汝と自然に話しているのが信じられないのだ………」

 

「ふむ、どういうことか話してみるがよい」

 

 ゆっくりと七夜は語り始める、自分という存在を………。

 麗しき、神に最も近い魔をなる者に………あたかも、懺悔のように………。

 

 

 

 

 

 

「なるほど…………御主とはそういう存在だったのか」

 

 朱い月は納得したように何度か首を振る。

 

「『魔』を刈ることを本能となす者か………ほとほと人とは他者を排斥する存在よな」

 

「否定できんな、吾はその傑作……その具現………。

 されど、吾が表はその真逆……受け入れ、内包する……」

 

「志貴の方か………確かに、あの者は万物を内包している稀有な存在であるな」

 

 朱い月の言葉に、七夜は自分の表を思う。

 過去の出来事をきっかけに、自分より別たれた半身………されどその半身は自分よりも必要とされる存在となった。

 それは人に………異能に………鬼に………世界に………表は誰よりも必要とされて表に立っている。

 そして自分もまた必要となって裏側にいる。………全ては必然なのだ、羨む事などない。

 

「立ち話もこれくらいするか、ここに座るが良い」

 

 そう言って朱い月が宙を薙ぐと、見事な造りのテーブルと椅子が現れる。

 

「見事なものだな…………」

 

「此処は私の領域………この程度のことは造作も無い」

 

 謙遜したような言葉を言う朱い月だが、その表情はやはり自慢げだった。

 二人は互いに向き合うように座り、互いを見合う。

 互いに浮かぶのは、僅かな微笑。

 不思議な感覚だが、それこそが心地良い………、そう互いに思っていた。

 

「さて、話を戻そうか………何故『殺害衝動』が湧かないのか?………と、言うことだったな」

 

「あぁ」

 

「うん……恐らくは此処が私の領域だからなのだろう。

 現と夢幻の狭間たる私の世界………故に此処では『殺害衝動』が湧かぬのであろう」

 

 朱い月は指を形の良い顎に当てながら、自らの考察を話す。

 七夜はただ静かにその言葉を聞いていた。

 

「現と夢幻の狭間………か、其処でのみ吾は人間となるか」

 

 自嘲するような七夜の笑み………そんな笑みを見て、朱い月が眉根を寄せた。

 

「御主は元から人間であろう、何故己が身を嘲笑う?

 自己を蔑み、御主は否定するのか?己が存在する意を………」

 

 キッとした朱い月の眼に、七夜は思わずたじろいだ。

 一点の曇りも無い眼………余りも純粋な眼。

 真祖の姫とは違う純粋さ………余りにも眩しい存在………。

 影である……血に縛られた影である七夜には、余りにも眩しかった。

 例えるなら朱い月は名の様に、闇夜に浮かぶ月………夜の闇の中にありながら輝き続ける月。

 対して七夜はそんな月の下で巣を張り、月を見上げる矮小な蜘蛛……。

 遥かな月を、己が糸で捕らえるという事を夢想することすら出来ない蜘蛛だった。

 

「お前は眩しすぎるな………」

 

 呻くような七夜の言葉に、朱い月は思わず身を乗り出して七夜に詰め寄った。

 

「御主は馬鹿だ!」

 

 今までの冷然とした態度からは想像出来ない朱い月の言葉に、七夜は完全に固まってしまった。

 

「何故自己を蔑む!御主は御主ではないか!!

 私に無いものを御主は持っている、その逆も然りだ!!

 御主は自虐的なことばかり言いおって……苛々するぞ!!」

 

 激昂した朱い月を、呆然と見ていた七夜。

 互いの顔が近い状態で朱い月は七夜を睨みつけ、七夜はじっと朱い月の顔を見ていた。

 

「……………参ったな……」

 

「む、何が参ったのだ?また馬鹿なことを言うつもりではあるまいな?」

 

 言えば容赦しないぞと、朱い月の眼が爛々と語っていた。

 

「もう言わんさ………、それどころでは無くなってしまった」

 

「?」

 

 七夜の言葉に、キョトンと小首を傾げる朱い月。

 なかなか可愛らしい姿であるが、七夜は薄い笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「お前の言葉はもっともだ………そして、そんなところに惹かれたのだろう………」

 

「……何を言っているのだ?」

 

 七夜の不可解な言葉に、朱い月は困惑した表情に変化していく。

 

「分からないか?」

 

「何がだ?」

 

 七夜の言葉が分からず、苛立った声で言葉を返す朱い月。

 そんな朱い月を笑みすら浮かべながら七夜は、遂に爆弾を投下した。

 

「どうやら吾はお前に惚れたようだ」

 

「は?」

 

 七夜の投下した言葉に、今度は朱い月が固まってしまった。

 呆然とした眼で七夜を見やる朱い月。

 七夜は達観した眼で朱い月を見る、朱い月はしばらく呆然としてから蚊の鳴くような声で言葉を紡いだ。

 

「私は元・男性体なのだぞ………?」

 

「関係無いな。吾は吾の意思でお前に心奪われた。

 お前がどんな姿であろうとも、吾にはつまらぬ事だ」

 

 朱い月の言葉も、七夜は否定した。

 睨むわけでもなく、ただ七夜は朱い月を見つめる。

 僅かに蒼みを帯びた瞳で、金色の瞳を見つめる。

 静かな沈黙が続く………、七夜これ以上語らず……朱い月もそれ以上は何も言わなかった。

 ただ互いの顔を……瞳を見合い、そしてそれを逸らそうとはしなかった。

 

「本当に変わった存在だな………」

 

「あぁ、それは否定できないな」

 

 先程と似たようなやり取り、互いの顔には再び笑みが浮かんでいた。

 

「此処では、これまで…………」

 

 そういうと朱い月は指を七夜の額に当てる……。

 そこで急速に意識を引っ張られる感覚。

 急速な浮上感………意識が真っ白に染め上げられるのが感じられた………。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 次に感じたのは全身に掛かる倦怠感……。

 そして傍らに感じる暖かなもの……。

 ぼやけた思考でそちらを向くと、そこには…………。

 

「ん…………」

 

 上ずった、艶やかな声………。

 思わず目が合った。

 そこで僅かに稼動していた七夜の思考は完全に沈黙してしまった。

 

「おはよう」

 

 朝の挨拶がされた。

 だが七夜は完全に沈黙したままだ。

 

「久方ぶりの肉体だが………酷い倦怠感だ。

 それもこの身と御主の表が交わり続けた所為か」

 

 ふふ………と、含みのある顔で笑う朱い月。

 そう、七夜の傍らには裸の朱い月がいた。

 よく見れば七夜もまた何も身に纏ってはいなかった。

 

「どうした?御主が望んだことではないのか?」

 

 朱い月の言葉にも七夜は何も返さない……いや、返せない。

 

「何時までも黙っておらず、何とか言ったらどうだ?」

 

「あ………もしかして、吾らは…………」

 

「フッ………ここは夢ではなく、現だぞ」

 

 唖然とした七夜の言葉に、上機嫌に朱い月は喋る。

 

「偶には良かろう?私たちが表となっても」

 

「……………………かもな」

 

 参った、といった感じで七夜は片手を額に当てながらそう呟いた。

 そう、自分はこういうところに惚れたのだ。

 だから………これも惚れた弱みということだろう。

 

「久方ぶりの現世を楽しませてもらおう。

 無論、御主も付き合うのだろう?」

 

 朱い月の言葉に、七夜は首肯する。

 当然である、現実に興味があるのは目の前の彼女が居るからこそ………。

 彼女が居なければ、すぐにでも志貴に肉体の支配権を返していただろう。

 

「そうだ、御主の名を聞かせてくれないか?

 御主は私の名を知っているようだが、私は御主の名を知らぬのだ」

 

 朱い月の言葉に七夜はゆっくりと目蓋を開け、続いて口を開く。

 

「吾は七夜。

 姓でも、名でもない…………吾が七夜だ……………」

 

 これが二人の邂逅………。

 朱い月という最高位の生物と………。

 七夜という、最凶の人形の邂逅………。

 そしてこれから始まるのが

 

 志貴と七夜

 志貴と白の姫

 七夜と白の姫

 七夜と朱い月

 志貴と朱い月

 朱い月と白の姫

 四人の物語が………これより始まっていく…………。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 な、なんじゃこりゃ〜〜〜〜〜!!!

 

 

 すいません、余りの駄文っぷりに叫んでしまいました、放たれし獣です。

 獣同士である黒獣さんに頼まれてもいないのに書いてしまった初の短編です。

 正直、短編は難しい……と再認識しました。

 最後の終わりが続くみたいに書いてますけど、断言しておきます。

 絶対に続かないと!!

 まぁ、こんなのでも良いと仰る方が居れば感想などいただきたいですねぇ。

 では、私はここで逃げさせてもらいます、ではさらば!!