晴天は月光と共に



「すまないなベディヴィエール・・・今度の眠りは・・・少し・・・永く」



かくして、1人の王が永い眠りについた。
それは決して覚めない永遠の眠り。

美しい金色の髪が血により少し赤く染まり、絹のように柔らかい肌もまた、血に染まっている。

青と銀の鎧は所々砕け、その下の衣服も少し破れており肌にまで傷がついてしまっている。

国を愛し、民を愛し、ただ守る誓いのために走り続けた偉大なるアーサー王はその生涯に幕を降ろした。

目を閉じ、眠るその姿に王としての威厳などまるでない。

だが、それは当然かもしれない。

愛らしい寝顔で王は優しい太陽の光を全身に浴びていた。

本当に、なんと穏やかな寝顔だろうか。



「我らが王よ」



眠る王の目の前で、アーサー王の騎士ベディヴィエールは王の最期を看取った。



「見ているのですか?」



目の前に眠る王を見ながら、ベディヴィエールは決して覚める事のない眠りに吐いた王に問いかける。



「夢の続きを?」



『強く願えば、同じ夢を見ることが出来るでしょう。私にも経験があります』



それは最初で最後に王に対する不正だった。

だが、同じ夢を見ることを望んでいる死に際の王に対して、どうやって真実など言えようか。

自分を犠牲にして、ただ誓いを果たすために走り抜けた王。
無欲に、しかし貪欲に誓いのために、民のために走り抜けた王。

ただ1つの願い事を吐く事もなく走り抜け、最後の最後で願い事を口にしたのだ。

なら最後の最後くらい夢を持たせてもいいではないか。

その願い事はとても小さく、そして実現など不可能に近い。

だとしても。

ベディヴィエールは己が持つ剣を天へと掲げた。

それは誓い。
永遠の誓いだ。

騎士の誓いは、とても神聖なもの。

何人にも侵すことが出来ない神聖にして永久不可侵の誓い。



「我、騎士ベディヴィエールは誓う。
全ては我らが王と美しき貴婦人のために」



それは、限りなく不可能に近い誓いだった。
だが、それでも彼は誓う。

ただ1人の、彼の王のために。
ただ1人の貴婦人のために。

他人が聞けば、馬鹿にされるかもしれない。
あるいは見下されるかもしれない。

だとしても、誓いは立てたのだ。

それを知っているのは、この世界で彼だけである。

だが、それでも誓いを果たそう。

ただ1人の偉大なる王と、ただ1人の貴婦人のために。



「我、騎士ベディヴィエールは我らが王に誓いを果たそう。
我こそは偉大なるアーサー王の騎士、サー=ベディヴィエールである」



ベディヴィエールの持つ西洋剣の刃が太陽に照らされて美しく輝いた。

ベディヴィエールが誓ったのは2つ。

次に王が目覚めた時、目の前には青天の美しい青い空が広がっていますように。
夢の続きで、想い人と再会する時は満月の月光に輝く優しい夜でありますように。

偉大なる王の騎士は自らの想いと誓いを風に乗せる。

眠る王に背を向け、騎士は1人背を向けた。















衛宮士郎は魔術師である。

とは言えっても、半人前の領域を脱出することはないし、これからもないだろう。

だが、『投影』と『強化』と言う面に対してはずば抜けた能力を持っている。

とくに『投影』の魔術は世界でもトップクラスであろう。

しかしながら彼の本質は普通の高校生であり、その実、彼は『正義の味方』の憧れている。

だが、それも無理だと言うことを彼は理解していた。

正義の味方など甘っちょろい幻想に過ぎないのだと言うことを。



「さて、藤ねぇが起きる前に朝飯を作らないと」



そう呟きながら士郎は手際よく玉子焼きやら味噌汁などを作っていく。

その手際の良さは目を見張るものがあろう。



ピ〜ポ〜ン



玄関からチャイムの音が響いてくる。

誰が来たか、士郎はちゃんと知っている。



「は〜い」



とりあえず士郎は玄関へ向かう。

玄関には予想通りの人物が立っていた。



「先輩、おはようございます」



「うん、おはよう桜」



美しい紫色の髪を持つ少女、間桐桜は士郎に向かって小さな笑みを浮かべた。



「朝食は作ってあるから」



「あ、ごめんなさい。少し遅れてしまいましたね」



「いや、毎日来てくれているから、それだけでもいいよ」



そう言って士郎は僅かに笑みを浮かべて桜を家に上げた。



「先に食卓に行っててくれないかな」



「どうかしたんですか?」



「うん・・・なんでもないよ」



そう言って少し不審そうな顔をしたものの、桜は先に食卓へ向かった。



「・・・・・・・・」



桜が見えなくなると、士郎の表情はなんとも言えない悲壮に満ちたものだった。



『シロウ――あなたを愛している』



今だに残る、あの瞬間の言葉。



「まったく・・・未練だらけじゃないか」



忘れるなど出来よう筈もない。

彼女は確かに、わずか2週間と言う短い時間を共に過ごしたのだ。

たった2週間だったが、それでも士郎の今までの人生で一番輝いていた日々だったと士郎は胸を張って言えるだろう。

吹っ切れたとしても、今だに彼女の事を引き摺っている。

それはなんと浅ましい事か。



「ふぅ・・・やめやめ」



士郎はすぐに、その考えを地平線の彼方へと追いやった。

これ以上、周りの人たちに迷惑をかけるわけにはいかない。



「さて、早く行かないとな。桜が心配するし」



そう呟いて食卓へと向かう士郎。

もちろん、顔には僅かばかり悲しみの色が浮んでいたが。















アーサー王が眠りについてから1000年後。

空は地平線や境界線を埋め尽くさん限りの青天。
それはアーサー王が眠りについたときのような美しい空だった。

かつてアーサー王が永遠の眠りについたと伝えられている森。

その1本の木下で1人の少女が眠っていた。

黄金を連想させるような美しい髪に絹のような白い肌。
まさしく美の集大成と言える少女が眠っている。

ゆるりと風が吹き、少女の頬をやさしく撫でた。



「・・・・・・・ん」



少女はゆっくりと目を覚ました。

サファイアのような碧の瞳が最初に見たのは澄み切った青天の空だった。

雲1つない、自分が眠りについたときの様な美しく鮮やかな青い空。



「・・・・・・そうか」



少女は気付いていた。

これこそが、自分の最期を看取った騎士の誓い。



「ありがとうベディヴィエールよ。良くぞ誓いを果たしてくれた」



美しいまでの笑みを浮かべながら少女は形の良い唇を動かす。



「そなたこそ・・・そなたこそが、真の騎士である」



生前、誰もが見ることのなかった少女の笑み。

いや、あの黄金の王の剣を引き抜く以前なら、誰かが見たかもしれない笑み。



「本当にありがとう、騎士ベディヴィエールよ」



それは少女からのありったけの感謝の言葉。

かつての彼女の騎士は誓った。

少女が目を覚ました時、目の前には晴天の空が広がるのを。

それは人では決して実現不可能な誓いだった。

それを分かっていながら誓いを立て、生涯の果てに誓いを果たして偉大なる騎士。

そう彼こそが真の騎士なのである。

そして、もう1つは。



「シロウ」



夢の続きを。

想い人の名前を口にするだけで吐息が漏れ、胸が温かくなる。

人を想う事がこんなに素晴らしい事だとは、少女は生前気付く事もなかった。

だとしても、今はちゃんと知っている。

なぜなら、あの少年が自分に教えてくれたのだから。

人を想う事が、こんなにも切なくて温かくて嬉しくて優しい事だと言うことを。

だからきっと、これは夢の続き。

聖杯戦争という名の夢を通じて、少女は少年と駆け抜けた。

王として戦い、騎士として彼の傍に仕え、そしてこれからはきっと・・・。

そう考えるだけでも心が満たされていく。

だからきっと、これこそが少女の幸せの形なのだろう。

嘘だと言う人がいるかもしれない。
現実を見ろと言う人がいるかもしれない。

だとしても、いいではないだろうか。

たとえ夢なのだとしても、幸せである事に変わりはないのだから。

だからきっと、これは夢という名の現実。



「シロウ」



だが夢の幸せは彼なしでは成立しない。

ならば確認しよう。
これが夢の続きであると言う確かな証拠を。
少女の全ては彼と共に在るのだから。

少女は立ち上がった。
ゆっくりと、1歩を踏みしめるように。

それは何と暖かいことか。

木々の間から漏れる光は、あまりにも優しく少女を包み込む。

知らなかった。

世界が、こんなにも音と光に満ちている事を。

少女は1歩を踏み出した。

それは間違いなく偉大な1歩だったと言えた。















学校帰り、士郎はゆっくりと街を歩いていた。

結局、今日1日頭から彼女の事が消える事はなかった。



「ったく・・・未練だらけじゃないか」



そう呟きながら自宅を目指しゆっくりと歩いていく。

学校で色々修理に手間取ってしまい、今は午後8時。
すでに空は闇に覆われ、美しい満月の夜。

それはまるで、あの日、彼女と出会った夜のように美しい。



「にしても・・・今日は変な日だな」



本当に、今日は変である。
少し考えると彼女の事しか出てこない。

聖杯戦争から3ヶ月。

片時も彼女の事を忘れた事などない。

だとしても、いくらなんでも今日は変だ。

ここまで彼女の事しか思い浮かばない日など。



「・・・・はぁ」



ため息をつきながら、気付いた時には自分の家についていた。



「ただいまぁ〜」



呟いてみるものの、返事はない。

義理の姉である藤村大河は現在残業に追われているため、家に帰ってくるのは11時ごろだろう。



「そう言えば」



士郎はゆっくりと歩きながら土蔵へ向かう。



「ここで出会ったんだっけ」



そこは、少し古ぼけた土蔵だった。



『問おう、あなたが私のマスターか?』



懐かしい言葉。

あの言葉が、全ての始まりだった。



「2度と、聞けないけどね」



悲しい独り言。

それが夜の世界に響き渡る。

そのまま、士郎は感慨に耽りながら家の中を歩き続ける。

そして、最後に。



「ここで、最後か」



士郎の目の前には道場。

ここで士郎は彼女と共に訓練などを行なっていた。

士郎はゆっくりと道場の扉を開いた。

その瞬間















































時が止まった。







































見間違えよう筈もない黄金の髪を後ろで束ね、その絹のように白い肌は雪の様で、そのサファイアを連想させるような碧の瞳は蘭と輝き士郎を捕らえて離さない。

服装はかつて凛が渡した白と青を基調とした服装。

満月の光を浴びて、何と幻想的な光景なのだろうか。

少女の顔が満月の光に当てられている。

ああ、自分は夢を見ているのだろうか。

だとしたら何と都合の良い夢なのだろう。

こんなにも会いたくて、でも2度と会えない少女が目の前に立っている。

それは信じられない光景。

士郎は動く事が出来ない。

これが夢でなければ、まさしく奇跡が起こったのだろう。

だが夢だと言うのなら、いつかは覚めてしまう。
覚めない夢など存在しないのだから。

だからこそ、士郎は動けない。

現実か夢か確認したい。
だが確認して夢だとわかって覚めてしまうのが恐ろしい。

だから、結局は硬直。

その矛盾した気持ちのために、硬直しているのだ。

その時、少女の形の良い唇が音を奏でた。



「問おう、あなたが私の愛しい人(マスター)か?」



それは、彼が一番聞きたかった言葉。

少女は出会った時のように可憐な顔をする。



「これより、我が剣は貴方と共にあり、私の運命は貴方と共にある――ここに、契約は完了した」



そう言いながら、少女は初めて笑みを浮かべた。



「ただいま、シロウ」



その言葉を聞いた瞬間、士郎の中で何かが弾けた。

理性は感性に押し流され、意識は本能に押し流されていく。

士郎は感性と本能に従い、少女を強く抱きしめた。

強く、強く、これ以上ないくらい強く。



「シ、シロウ!?」



少女が驚いたように声を上げる。

だが士郎は何かを言うことが出来ない。

こんなにも名前を呼びたいのに、こんなにも話がしたいのに。

情けないかな。
話題が浮んではすぐに消えていく。

ただ、この温もりを手放したくないとだけが鮮明に士郎の頭に残り、決して離れない。

一度手放したが最後、また失ってしまうような感覚に囚われているのだから。



「シロウ」



少女が士郎の名前を呼び、同時に士郎を抱きしめた。



「・・・セイバー」



ああ、やっと名前が呼べた。

たった1人の名前を呼ぶために、永遠のような時間を感じた。



「はい」



セイバーが答える。

やっと士郎は確信を持てた。
これは夢ではないのだと。

セイバーの姿も、声も、心臓の鼓動も、温もりも鮮明に士郎を包み込んでくれる。



「おかえり・・・アルトリア」



その名を聞き、セイバーは驚いたような顔をした。

だがすぐにセイバーは・・・いや、アルトリアはとびっきりの笑顔で答える。



「ただいま、士郎」











































あとがき

おかしい・・・滅茶苦茶おかしい。
なぜこんなに甘い。
甘すぎる・・・マジで甘すぎる。
書いておいて私は無茶苦茶恥ずかしいです。
とりあえず、要精進ですね。
次回作の反省点です。
こんな甘いのは作れるのに、どうしてダーク系は作れないんだ・・・
う〜ん、やっぱり性格かな・・・
まぁ、これからもよろしくお願いします。