かつて或る男が居た。

己の信念に生き、己の理想を抱いて死んだ或る男が居た。

彼は理想が高かった。

故に、その理想を望む為。

彼は「魔術師」という道を選んだ。

 

或る魔術師の記録

 

その名前を「荒耶 宗蓮」

結論を得ることを信念とし、生き汚い人間そのものを滅ぼすことを理想とする者。

人の救済を望み長く生きるがゆえ、歪んでしまった理想の骨子が概念化してしまった物。

矛盾をはらんだその存在は何だったのか、ここに記す。

 

−−−蒼崎橙子の手記より抜粋

 

彼は魔術師として生まれたのではなかった。

台密の僧の一家に生を受けた。

そして、彼は神童と呼ばれた。

幼くして台密の経典を読み。

結界を作ることに長けていた。

そして彼は本山に登る。

「衆生を救う」為に教義を学ぶ為に。

そこで彼はさらに神童ぶりを発揮する。

若くして結界術では並ぶものが無くなったのだ。

そして、この男は教義を学びつつ違和感を感じるようになる。

「人間は救うのに値する」のかと。

互いに争い、自らの利益を追い求める。

そんな醜い面を持つ人間が救われるのかと。

そして悩んだ挙句、彼は協会の門を叩く。

アカシックレコードから人間というものの情報を読み解く為に。

そして彼は魔術を学んだ。

元々、儀式・結界などと相性の良かった為か彼はめきめきと才覚を伸ばした。

そして魂の原型を追い求め、いつしか「封印指定」を受けた。

並みの魔術師ならソコで終わり。

学院を出奔し真理を追究するか、封印されるかだけの生活となる。

彼はそして学院を出た。

そしてさらに知ることとなる。

彼にとっての「人間の生き汚さ」を。

いかに魔術師になったとはいえ、彼は仏門の身。

仏の英知を持った人間こそ「理想」であったのだ。

故に「人間」に「理想」はなく、あるのは「絶望」だけ。

死を蒐集し、人間の起源を読み解き、根源を追い求める。

ソレだけが続く。

いつしか彼は、こう考える。

「死による永遠の救い」を。

そして、彼は死んだ。

「人間」として生きてるのではなく、そこにあるのは単なる一つに定められた方向性に縛られた思念を持った概念のみ。

あとは、記録に残すことは幾ばくもない。

それから彼は数度根源への道を開こうとしたこと。

そして、魔術師としての彼も死んだということだ。

人間は無意識下では同じ意思を持つとする仏門の考え方がある・・・それを阿頼耶識と呼ぶ。

彼が考えた救世は、人間の存続という点で阿頼耶識と反発していた。

自らの名前の持つ意味と、信念の反発。

その呪いは生まれた時から苛んでいたのであろう。

そして或る意味、その矛盾こそが人間の本質であるのかも知れない。

 

時計塔で同門であり死を看取った魔術師であるが故に私はここに記録する