七ツ夜の
――脈略のない二章――
千年以上前から決まりきったことだと両者は感じた。
双方が存在する以前からこれは宿命づけられていた。
だから、疑問はない。
躊躇いはない。
迷いはない。
蒼――
朱――
お互いの双眸がぶつかり、
その、寸秒 ――
ナイフが、
手刀が、
疾走 った。
それはまったく無駄のない、完成された殺業 だった。
人間――というよりどんな生物の限界を超えている。
音がゆがみ、
光がひずむ、
空気が切り裂かれる。
音すら追いつかない。
交錯――
そして、停止。
男は首を逸らして手刀を無効化し、
女は逆の手でナイフを挟みこんだ。
停止は時間にして刹那。
最初に動いたのは男だった。ナイフをわざと手放し、女の美貌に回し蹴りを叩き込む。
鞭が肉を叩く音が響いた。
女は手刀を引き戻し、重い蹴りを受けた。その細腕 を、男は足場にし跳躍した。
反転、
転瞬 、
何が起きたかは当人達すら把握できなかったのではないだろうか? 刹那の攻防だった。
男の手にはナイフが、ある。いつのまに奪い去ったのだろうか。
しかし、男の面はかすかな苦痛を滲ませていた。
「―― 。 」
女が何かを云った。
「 ……。 」
男が応えた。
感覚が時間と化し、この時空は二人のものとなった。
空気が重く感じる超感覚の世界に二人は突入した。
指の動きだけで、ナイフが逆手から順手にひるがえった。
奔 る、光。
舞う、光芒。
煌煌 ――舞うそれは黄金色をした糸。
女の髪がナイフに切り裂かれたのだと、二人は悟った。
舞う。
散る。
黄金の髪。
なんと緩慢で、
なんと美しい世界なんだと、二人は思った。
神経が時間間隔を遅らせる。
限界まで研ぎ澄まされた感覚が時空を超える。
思考は神経伝達系を遥かに超え疾走する。
金の髪の毛が、女の胸の辺りに落ちたとき、二撃目が奔った。
それは、緩慢な世界の中ですら視認を許さない死神の鎌。
女は上体を逸らして躱 した。
どんなに魔速 く、どんなに正確でも、狙う場所がわかっていれば 躱 せない道理はない。
だが、女は無理な体勢でかわしたため、後ろに倒れこむ。
返す刃。
今度は躱 せない。
避ける確率は皆無。
受ける確率も皆無。
なぜなら――
超感覚の世界は、終焉を告げた。
ふわりと女は倒れこみ、それにのしかかるように男がおいかぶさった。
ナイフは豊満な乳房の丁度真ん中を刺し穿とうとして止まっている。
「どうした? 刺さんのか?」
女が訊いた。
「貴様こそ」
ぴたりと、女の手は男の心臓の上に止まっていた。
蒼と朱の双眸が絡み合う。
殺戮者同士のものではない。信じられないことだが、相手を愛しむような恋人同士の眼差しだった。
「まったく――」
ため息をついて男はナイフを引いた。
「これが挨拶とは――」
女が男の言葉を引き継ぐ。心臓に置かれていた手は引き戻された。
「お互い、どうしようもないな」
二人は同時に云った。
魔眼殺しのアイマスクを外し、魔眼殺しの封術の包帯をはずし、志貴は瞼を上げた。
目を開いたら月が見えた。
新月でも満月でも、そして正確に言うには半月でもない。半月に及ばない七日目の月。
そう、七ツ夜の月。
「ちゃんと見える……?」
信じられない様子で遠野志貴は当たりを見渡す。
そこは、知っているけど知らない森の中。
記憶にあるけど記録していない森の中。
ぽっかりと木々の天井が空けた森の広場。
円状に囲む背の高い広葉樹、群青の空に、七つ夜の月。
視線を戻すと、そこには少女が微笑んでいた。
志貴の見る世界には死の【線】も、世界を穿 つ【点】も存在していなかった。
「そう、この世界はもうすでに死んでいる から」
少女は寂しげにいう。
儚く、今にも闇に溶けて消えてしまいそうな見た目と変わらない年頃に見える少女。
「死んだ世界?」
「そう、死を内包した世界ではなくて、死が具現化した世界。【線】や【点】は視えないはずよ
だって、この世界そのもの が死で出来ているのですから」
「だったら君は――」
少女は唇に人差し指をあて、小首を傾げた。
――それ以上いわないで、瞳はそう告げていた。
「……志貴って呼んでもいい?」
唐突に、少女はいった。
「わたし と同じように、志貴って呼んでもいい?」
繰り返す。
「別に構わないよ」
「そう、よかった。志貴」
「ん?」
「志貴、志貴、志貴、志貴、志貴、志貴、志貴、志貴、志貴、志貴」
嬉しそうに少女は志貴と連呼する。
「そんなに呼ばなくってもわかるよ」
「わたし が呼んでいるみたいに呼んでみたの。不思議な名前ね」
志貴の連呼に満足したのか、少女はニッコリ笑っていった。
「そうかな? 自分では結構気に入っているんだけど」
「誉めているの。それでもう一度訊くけど、わたし に会いたくないの?」
「会いたいよ。そりゃ」
「だったら、どうして、わたしを拒むの?」
いつの間にか少女は志貴の目の前にいた。
上目ずかいに志貴の蒼い瞳を覗き込む。
魅了の魔眼に匹敵するぐらいの視線の誘惑だ。
「……いきなり死徒になれって、それは無理な相談だよ」
「そうかしら、望む者は多いのよ」
「あいにく俺は不老不死とかには興味がないよ」
「残念」
少女ははしゅんとなって俯いた。
「それに、俺はもうアルクェイドに会っているじゃないか」
少女は顔を上げてマジマジと志貴の顔を見つめた。
「わたしのことをアルクェイドっていってくれるの?」
「いや、うん。たしかに……俺の知っているアルクェイドとは違うけど、君もアルクェイドなんだろ?」
「志貴がそう思ってくれるならそうかもしれない。そうでないかもしれない」
志貴は視線をどこに置くかに迷い、辺りを当てもなく見渡す。
あるものが視界に飛び込んできて、理解した。
「ねぇ、君」
「何?」
「嘘をついたね」
ほんの一瞬だけ、少女の面に衝撃が走った。それを志貴は見逃さない。
「ここには見覚えがある」
そう、ここは夢の中の夢で見た世界。
アルクェイドの悪夢でありながら、自らの力で具現化した世界。
「違うな。これは俺が視ているから在る 世界だ」
「驚いた」
少女の笑みの質が変貌 わった。
鋭利で、知的で、小悪魔的な笑みへと。
「そこまで視 れるなんてね。志貴の目は本当に規格外ね
観測者の真理すら見通すなんて……そう、この世界はわたし が望んで、志貴が視ているから在る世界」
「いや」
志貴はかぶりを振った。
「今のは俺の言葉じゃない」
「え?」
少女は本当にきょとんとした。
「俺の声で、俺の口から出た。別の者の言葉だ」
「観測者。よくぞ、その言葉が出てくるものだ」
「簡単なことだ。全てのモノは観測によって存在が成り立っている。
故に、観測を否定することが【死】と呼ばれる」
女は驚いた顔のまま固まっていた。
女の様子に気がついた男が、「どうした?」、と。
「そなたは、私を驚かせた。汝 、本当にあ奴 の内面にいるのか?」
「内面にいる? その表現は不適当だ。俺は吾 で、吾 は俺だ。
貴様とアルクェイドの関係と等しい」
「どういうこと?」
志貴は「さあ」と肩を竦めた。
「この世界自体、摩訶不思議なんだから少しぐらい不思議なことがあっても驚かないでくれ。
実のところ、俺は何にもわかっちゃいない」
「その割には落ち着いているのね」
「慣れ……かな」
遠野志貴はこの世界に驚く前に、「ああ、またか」と思ってしまった。
その感覚を慣れと呼べるのだろうか?
「そういえば、どうして君はこの世界にいるの?」
「たぶん、ひかれたのね」
「何に?」
「朱い月に」
志貴はぽりぽり頬を掻きながら、
「あの偉そうなアルクェイドか」
「会っているの?」
「夢の中だけね」
「そう。やはり志貴を待っているのね」
少女の言葉は志貴に聞かせるというより独白に近いものだった。
「ん? 何」
「なんでもないのよ」
と首を振ってから、少女は志貴の手をとった。
「行きましょう」
「どこに?」
答えず、少女は志貴の手を引っ張って森へ向かった。
錆びた、牢獄のような城が遠くに見える。
月は、冴え冴えと輝いていた。
意味のないあとがき。
とりあえずここまでお読みいただいてありがとうございます。できれば次も……。
タイトル通り脈略のない話ですな。うん、頑張れ自分。もっとわかりやすく書け自分。
ルビが多いぞ。意味不明なことが多いぞ。とお思いの読者様、すべては自分の表現能力不足&妄想のせいです。
ここは一つ、大目に見てあげると都合がいいと思います。(主に作者が)