夜の奇譚きたん








――不要な三章――



















三条の紅の光芒が袈裟に男を切り裂く――かのように見えた。


結果は真逆。

紅の爪を備えた人型の物体は、散華さんげした。


脚部――左足首から脹脛まで斜断、右太股を真横に裂断。


胴部――外腹斜筋をすっぱり両断、大胸筋を二枚におろし、


腕部――手首、肘、肩、それぞれのパーツに分解。


最後に首が飛んだ。


「もう一度問う。なんだこいつらは?」


男と女の後ろには死山血河となっていた。


屍が山と成って積みあがり、血が河となりて、銀面のような床を流れていた。

この身アルクェイドが生み出した欲情エロスという名の俗物だ」


男は鋭く、女を睨つけた。蒼い瞳は相手を咎めるような眼光を放っている。

「私を非難するのは筋違いだ。全てはこの身アルクェイドが生み出した。満たされぬ欲望の具現。


 それがそなたの想像と結びついて生まれた幻想種であるぞ。そなたにも責任はある」


「確かに……」


男は頷き、言葉の接ぎ穂を接ぐ。


「お互い、自分自身のことで苦労するな」


「云うな。私はそれで悩んでいる」


女は疲れたようにこめかみに指を当て、ため息をついた。

「奇遇だな。オレもだ」


返り血を存分に浴び、それでも男は鋭利で美しい。


その冴え冴えとした美しさは刀身の美しさに似ていた。

「……どこまで魔殺ればいい?」

「検討もつかぬ。この身アルクェイドがどれだけ、魔兵を具現化つくりだしたか……私にはわからぬ」


足音――いや、巨大質量が床を叩く音が幾つも二人の耳に届いた。


「さながら軍団の行進だな」

男は目の前を埋め尽くす満たされぬ欲望の具現を見て、わらった。


六足の足を持ち、紅の単眼を持つ感情の具現。


蜘蛛のように見えるがその大きさは実際の蜘蛛の百倍近い。


鋼鉄を髣髴とさせる


ソレが通路を埋め尽くし、二人に歩み寄っていた。

憎悪へイトレッドか」

「憎悪? アイツアルクェイドはかなり能天気そうに見えたが、何かを憎んでいるのか?」


「世界だ」

「そうか……ならばその憎悪、吾が魔殺ころす」


























「なぁ……何しているんだ?」


「何しているように見える?」


少女は悪戯っぽく微笑みながら小首を傾げた。


長い金髪がさらりと揺れる。


水遊びをしているように見える。というより志貴にはそうとしか見えない。


少女は素足で水面に触れている。


ドレスの裾をたくし上げ、すらりと伸びた足で川面を撫でたり、蹴ったりしている。


足を浅く浸し、蹴り上げる。ぱちゃぱちゃと水が跳ねた。


「冷たくて気持ちいい」


少女はうっとりと目を細めた。


「志貴もこっちに来て」


無邪気に笑って、少女は手を差し出した。細くて小さい手だ。


志貴はそっとその手に触れた。


ぐいっと意外な力で引かれ、体勢が崩れ、そのまま、


「うわっ」


水面が弾け、志貴は浅い川に顔から突っ伏した。


濡れた前髪を掻き揚げつつ顔を上げると、クスクスと小悪魔的な笑みの華を咲かせている少女が見えた。


「くっ、やったな」


「ごめんなさい。ちょっと手が滑って……」


そういいつつ少女の顔は綻んでいる。


「やっぱりアルクェイドなんだな。そういう悪戯好きなところはそのまんまだ」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


ふと、少女はまたあの寂しげな目をした。


「志貴がそう思ってくれるのなら、わたしはアルクェイドかもしれない


 でもそれは幻で、うたたかの夢かもしれない。だってそう思っているんでしょう? 志貴


 この世界は、夢だって」


志貴は黙ったまま頷いた。

「そうこれはわたしアルクェイドの幻視する夢。


 これは過去であり、


 現在であり、


 未来であり、


 そのどれでもない世界。

 わたしは魂のないわたしアルクェイドの虚像。

 どこにもいない。ここにすら存在していない思念の残滓ざんし


 ――ひゃっ」


濡れた手で、頬を撫でられたので少女はビクッとなった。


「ここにいる」


「え?」


少女は何を言われたのかわからずに顔を上げた。


「君はここに今、いるじゃないか」


少女は志貴の手に己の手を重ね、そっと握った。


「優しいな、志貴は。

 だから、わたしアルクェイドは貴方が好きなのね」

















憎悪へイトレッドが足を振り下ろすより速く駆け、魔風のような鋭利さと凶暴さで斬撃の乱舞を放つ。


「さて、行こうか」

男が一歩を踏み出すやいなや、 憎悪へイトレッドたちの装甲に亀裂が走り、裂けた。


血がしぶき、巨体がくずおれ、そして、死んだ。


活動が停止した。もう動かない、刹那に等しい時間しか、彼らは活動ができなかった。


死神のごとし男が、残らず命を刈り取ったのだ。


傷一つ負わず、呼吸の乱れもなく、男は具現化した魔兵どもを全てを魔殺した。


改めて戦慄を感じる。この男はまるで呼吸をするがごとく当たり前に、自然に、一切の無駄なく、屠り去っていった。


先を歩く男の背中に女は云った。


「恐ろしい男だ」


言葉とは裏腹に恐れている様子はない。


「貴様には言われたくないな」


「殺人鬼が云ってくれる」

「仮初めの、しかも虚像の殺人鬼だ。オレに実体はないし、実際、誰一人殺してなぞいない」


「そう……なのか?」


不思議そうに女は男を見つめる。


男は振り返って、答えた。「ああ、人間はな」、と

オレが殺したのは、吸血鬼、それも最強の真祖の姫だ」


絶句する女を前に、男はただじっとその美貌を見つめている。透徹とした蒼い眼で。


「殺人鬼でありながら、誰も殺していない。滑稽だと思わぬか?」


女は何も云わない。頷きも、首を横に振りもしない。

「遠野志貴の可能性の一つがオレだった。消えた選択肢、消滅した因果の鎖」


薄っすらと笑みを口の端に浮かべながら男は狂言を廻す。

「可能性の一つ……だった、、、? すると、そなたは」


「実態も実像も何も持っていない過去から派生した虚像、


 遠野志貴の心が生み出し、


 遠野志貴の心が育て、


 遠野志貴そのものを映し出す鏡。

 だが、鏡の中と外。はたしてその境界線、、、、、は誰が決めたのか?


 鏡に映っている自分が実は実態で、こちらの自分は鏡に移った虚像なのでは?


 故に――

 俺はオレで、オレは俺だ」


「矛盾しているな」


「まったくだ」


男は自嘲気味に云う。


「吾は矛盾の中にのみ存在する。

 遠野志貴が一度も死なず、、、、、、、世界と繋がらなかった可能性など、生まれからして矛盾だろう?」


「過去の可能性か。では……アレも遠野志貴の可能性なのか?」


女がつい、と視線を上げた。


見慣れぬ法衣をきっちりと着込んだ男がそこに立っていた。

















群青の天蓋はどこまでも深く遠い。


月は半月に満たない躰を煌々と輝かせている。


木々は川を守るようにひっそりとそびえ、清流はさらさらと、でもゆっくりと流れている。


時間が止まっている。

ここにはときが流れていない。


幻想世界、夢幻世界、空想世界。


世界の中に、異物がある。しかし、それだけが真実。


朽ち果てた牢獄のような城。


その城を背後に、少女と志貴は並んで座っていた。

夜風が、そっと黒髪のくせっ毛とくら金髪ブロンドを撫でた。


「ねぇ、志貴。人格とか性格とか、どうやってつくられると思う?」


少女は水面に足を浸しながら、志貴を見上げて訊く。


志貴も少女の隣で足先を水の中に浸しながら答える。

「さあ……つくられるっていうより、初めからその人の内面、、にあるものなんじゃないのかな」


「それは本質、本質は人格とかとは別物よ。志貴だって、自分の中で決して変えられない部分があるでしょう?


 変えようとすら思わない。どんなことがあっても護り通さなきゃいけないと思う心の部分。


 普段は意識すらしていないと思うわ」


志貴は「むぅ」と難しい顔をした。そして、


「そうかもしれない。俺にもそういう部分があると……思う」


「その部分は本質。人格に影響を与えているけど、同じものではないの」


「うん。それはよくわかった」


頷いて、この奇異な状況に気がついた。


年端もいかない少女が先生のように自分にモノを教えているかのうような会話。


「今の話、可笑しかったの?」


不思議そうに少女が呟きかけた。


「この状況がね」


少女はさらにわからなくなったように、首を傾げた。


風が吹いた。少女の長い金髪が揺れる。


本当に綺麗だな、と志貴は思った。


「話を戻そうか」


少女の仕草に微笑ましい気持ちを覚えながら、志貴は言葉を風にのせた。
















不要なあとがき。

話が終わってすらいないのにあとがきって部分からして矛盾しているのです。話の中にあるので、“なかがき”が一番正しい表現なのかもしれません。
不要なものなので……。だったら書くなといわれそうです。その通りなんですが、書いてしまったものは仕方ありません。黒獣さまから好き勝手に書いていいよというすんばらしいお言葉をいただいたので、マジで好き勝手書いてしまいました。もう少しお付き合い願えたら幸いです。