「そうねぇ……何しろ随分と昔のことだから…、近所の家も風景もかなり変わってしまっているし、それでもいい」

そう言って老婆は布団から出て縁側に座った、立つ時、座る時の仕草は老婆とは思えぬレディの様だった。

広い和室、老婆一人で住むには大きすぎる日本邸宅、広い庭には大きな蔵があり老婆が育てている花々が植えてある。

薄く白い寝間着の上に桜色のカーディガンを羽織る。

老婆の横には少女が座っている、凛とした目つきに綺麗な黒い髪の毛、赤い服を身にまとい髪をツインテールに整えた少女が。

「こうしてみると私だけが年を取ったみたいね…、もうどれくらい経ったか、でも今でも忘れることは無い……あの人の姿や姉さんとの思い出…出会った人々」

少女は空を見つめながら語る老婆の顔を見つめながら話に耳を傾けている。

「今となっては……本当に約束したのかしら…私の思い出は、春になったら……あの約束の思い出は全て幻だったのかと思ったわ…」

寒く厳しい冬。

水は凍り、冷たく硬くなる。

あの頃の私の様に…。

老婆の視線は降り注ぐ光の方を見ていた。

「……まだ私が若かった頃、この家によく通っていたわ……、とても好きな人がいてね…でも思ったよりライバルが多くてね…」

老婆は少し笑いながら語り始めた。

笑える時に笑おう、話せるときに話そう。


――――これがきっと……最後になってしまうだろうから。





櫻の思い出

あの頃も思った、今もそう思う。

彼、衛宮士郎は変だった――――

顔は中々のもの、頭も普通で運動も普通。

でもって夢は正義の味方。

男なのに料理が上手くて家計のやり繰り上手。

魔術は下手くそで才能無し、でも固有結界を作り出せる、もうわけがわからない。

そして女には全て優しい、というか優しくしている自覚が無い。

そんな人の家に若かりし頃の私は毎日のように通っていた。

朝ご飯を作って一緒に登校して……思えばあの頃が一番平和だったのかも知れない。




老婆、遠坂桜はとても綺麗で、とても悲しそうだった。

顔は小さくかわいくて笑顔がとても似合いそうな女性。

似合いそうというのは私がまだ桜の笑顔を見たことが無いから。


私は昔話を聞いている。

私の知らない事を聞いている。

あの守銭奴ババアは教えてくれなかった、桜もいつもは教えてくれない。

誘導尋問をした、いつの間にか私の秘密が暴かれた。

寝てる間に忍び込んで魔術で覗こうとしたら私のほうが覗かれた。

小細工は通用しないのでダメ元で今日は正面から聞いてみた。

「桜の昔の事教えて、あの守銭奴ババアは教えてくれないもの」

「そうねぇ……何しろ随分と昔のことだから…、近所の家も風景もかなり変わってしまっているし、それでもいい」

正直驚いた、こうもあっさり教えてくれるとは思わなかった。

そして今現在進行形で昔話を聞いているわけだけど……どうも男の話に情が入っている気がする。


私が生まれるもっと前、桜は遠坂ではなく間桐だった話。


守銭奴ババアとの男争奪戦の話。


桜が一番つらかった話、亡くなった兄の話。


聖杯戦争の話。


先に死んでしまった愛しい人の話。


事細かに、そのときの心境も含めて語ってくれた。

昼過ぎの風景はもう無く、日が落ち辺りは暗くなっていた。

「あら、もうこんな時間……寒いわねぇ…」

私は老婆の隣に寄りかかった。

「でも暖かい…」

「今のお話と家中にある花が…私の思い出よ………貴女に話せて良かったわ、姉さんに話すと何言われるかわからないから」

そう言って老婆は左手を口元に当てて笑った、はじめて見た笑顔、暗くてよく見えなかったけど…とても……とても綺麗だった。

「また…先輩と会えたらいいわね……そしたら貴女も紹介できるのに」

あぁ……何故桜が語ってくれたのかわかった。

彼女の償いはもう終わったんだ、罪は許され、愛しき人に会いにいけるんだ……

「会えるよ、桜はこんなに待ちつづけてこんなにも償いをしたんだから、会えないほうがどうかしてなるわ」

老婆はさらに笑った、本当に心の底から大笑いをした。

「本当に姉さんそっくり……貴女は強くなるわ」

「少し…疲れたわ………少し眠るわね」

そして老婆はカーディガンを脱ぎ布団へと戻って行った。

「うん……おやすみ、桜」

さようならは言わない、涙も流さない、私は遠坂凛の孫。

桜の新たな旅立ちを汚したりはしない、私は強くなるのだから…

だからこう言おう。

「――――行ってらっしゃい、私のことしっかり紹介してきてね……」



声が届いたかどうかはわからない



ただ布団の中で静かに眠る老婆は



とても幸せそうに眠っていた






しばらくすると2人の小さな子供が老婆の寝室に入ってきた。

「ただいま、桜おばあちゃん」

「ただいま戻りました、桜おばあさま」

オレンジ色の短髪の少年と紫色の長髪の少女が老婆の横に座った。

「あれ、おばあちゃん寝てるのか…」

「そうみたいですね、起こさないように出ましょう兄さん」

私は気づかれぬようにそっと庭に出て走った。

「Es ist gros,  Es ist klein…………!!」

魔術を使い塀を軽く飛び越える……

今日はあそこに行こう、守銭奴ババアから教えてもらった高層ビル、あそこから飛び降りるのが一番気持ちいい。






「ただいま、桜」

来客は先輩だった、体中が壊れて……もう二度と会えない先輩だった。

「約束しただろ、冬が過ぎたら花を見に行こうって」

人間そっくりの人形に入った先輩、けろっとしている風に見えるがここまで動けるのに随分苦労したらしい。

「おかえりなさい、先輩……お花見のお弁当はできてますよ」

作っておいた重箱を両手で抱えて運び出した。

「わたしだけなんてできない、先輩が一緒じゃないとだめなんです」

花が舞い散る春。

二人は共に歩き始めた。






Fin







=あとがき=


春突入ということですので桜をメインに明るいSSを書きたかったんですが……

暗っ orz 



05/4/1


Written by 時野 麟琥