*饗宴、死合、死闘を読んでからお読みくださると幸いです。 それではどうぞ… 静か… とても静かな夜。 周りを照らすのは月の柔らかな光。 それ以外の光源は存在しない。 …だが、それで十分。 この場の二人の目には、まるで昼のごとく『視えている』 しかし、そのあり得ざる視力も今は関係ない。 なぜなら、その両名の瞼は、まるで眠るかのように閉じられているのだから… 終宴 「さて…、では戯言を語らせてもらうわけだが…」 しばらく目を閉じ、唯一倒れていない木・・・・・・・・に体を預けた青年が片目を開き、 仰向けに寝転んだ大柄な男へ視線を向ける。 「…体を元に戻せば、鬼であるとき受けた傷はまた別のものと扱われるか…。 随分な体だな…」 「だが、磨耗した力は戻らん。 それにあの傷、もう一度あの姿鬼になればまた傷だらけという滑稽な状態だ。 随分と言うならば、貴様の技のほうだろう」 両目を未だ閉じたまま、傷だらけの巨漢は答える。 だがそれらの傷からはもはや出血はなく、代わりに焼け爛れている。 再生が利かぬからといって、自身の力灼熱で傷口を焼き、無理やり塞いだのだ。 対する青年は、自身の上着を脱ぎ、引き裂いて作った簡易的な包帯で自身の左腕を除く四肢を縛っている。 黒い上着は血に濡れ、さらにどす黒く変色していた。 「軋間紅摩、貴様はなぜ七夜の森を襲った?」 唐突に青年は口を開いた。 「…遠野槙久の依頼だったからだ」 「そんなことは聞いていない」 青年は軋間の答えを即座に切り捨てる。 「…何だと?」 軋間は片目…唯一残された左の眼を開き、寝転んだまま青年に視線を向ける。 「何故も何もあるまい。 それは貴様が七夜の森を襲うきっかけでしかない。 そうだな…言い方を変えよう。 貴様は何故、遠野の命令に従ったのだ?」 軋間は再び目を瞑り、模索する。 何故、あの時… 自身の目の前に現れた、あの男の依頼を受けたのか。 遠野がいくら自身の上に位置する家柄であるとはいえ、それは軋間の間柄であって、自分には関係ないはず。 実際、遠野の一族が束になって我が身を抑制しようとしても、全てなぎ払えたことは確信できる。 ――――ならば、何故? 何故、あの男の依頼を―― …ああ、そうか、そういえばそうだった… 「初めてだったからだ…」 独白するように、うっすらと目を開き、月を見上げながら呟いた。 「初めて、『頼み』というものをされたからだ…」 「……そうか」 二人以外では絶対に意味を成さないその会話。 だが、七夜は理解できる。 束縛され続け、何も望まず、望まれず。 ただ在るだけの存在。 実像を持ちながら虚像であり続ける七夜だからこそ、その真意を理解した。 初めて他者に『頼られる』。 つまり、初めて他人に『容認される』。 それがどれほど大きかったこととなのか…その大きさまでは七夜は理解できないが…。 「なかなかに滑稽な理由で滅ぼされたわけだ…」 ク、とのどを鳴らして小さく笑い、七夜は咎めるではなく、他人事のように呟いた。 その様子に、軋間は疑問を投げかける。 「仇討ち、と言ったに者にしては、他人事のように言うのだな…。」 「…少々長く時間を空けすぎたんでな…。 懐かしい、とは思うが、感傷の念はとうに磨耗した」 もっとも、吾に感傷という念事態があるかは微妙だがな…と苦笑交じりに呟いた。 「では、次の質問だが…貴様、何故生きている?」 あんまりと言えばあんまりな質問。 だが軋間はさして気にするでもなく答える。 「わからん…」 訂正、答えたが、答えではない。 「…では、今日まで貴様は何をして生きてきたのだ?」 「肉を食らい他者を淘汰し、ただ生きた」 「まさに野生だな…」 軋間はそれを聞いてすこしばかり苦笑する。 「七夜黄理を壊し、その際、この体にも崩壊があることを知った」 「……」 七夜黄理…自身の父の名前が出ても、七夜にはなんの表情も無い。 その間も、軋間の独白は続く。 「あの昂揚感。我が体にもあると知った生と言う慶び。 それを味わうため、我はひたすらに壊し、食らい、壊し続けた」 「だが、それを味あわせてくれる奴は居なかった。…違うか?」 「…そうだ」 途中で割り込んだ七夜の言い分に驚くことも無く肯定する。 日本において最高位の退魔組織…四大退魔が一角、"七夜" その最強の中で尚最強と謡われた『鬼神』を退けた軋間紅摩。 衰退した現代の退魔師団が束になったところで、戦闘を行うこと自体無謀と言えるだろう。 「そして、意味の無い破壊の果てに…もはや諦めた『生を感じる闘争』を再び得られた。 それが貴様だ、小僧」 「七夜と呼べ。 敗者に小僧と呼ばれるのは不快だ」 「ふ…、いいだろう。 貴様…七夜との闘争の果て。我は敗れ、今こうして月を仰いでいる…。 それが今までの我の生だ」 「…無意味だな」 「そうだ、無意味だ」 元より、生きていながら、生きていないと扱われる存在。 だからこそ、生を望み…いや自身が生きていると実感できるものが欲しかった。 その生きる実感を感じるという行為が、軋間には『殺し合い』しか残っていなかったのだ。 「つまり…、今のお前はもう何も残っていない『がらんどう』なのだな…」 「…がらんどう…?」 「ああ、何も無いただぽっかりと空いた穴だけがそこにある…そんな感じだ」 「…なるほど…。 確かに、我はその『がらんどう』なのだろうな…」 「ならばこちらとしては好都合だ」 「何?」 突然の七夜の発言に再び目を見開き、驚きの表情をとる。 「がらんどうで何も残っていないなら、貴様の生を吾によこせ」 「なん、だと…?」 軋間が目を細める。 それを気にすることなく七夜は続ける。 「聞こえなかったのか? …それとも言った意味がわからなかったか?」 「意味がわからん」 「ふむ、では言い換えよう…。 貴様自身の生に興味が無いのなら。 その無意味な生を吾のために使えと言った」 「我に貴様の僕になれというのか?」 「それは率直すぎる。 そうだな…どちらかといえば頼みを聞いて欲しいに近い、かな?」 『頼み』という言葉を少し強めに言って口の端を軽くあげて笑う七夜。 「…この躰に何を望む? 破壊しかできぬこの躰に…」 「故に、吾は貴様に破壊を望む」 「――…聞こう。何の破壊を望む?」 少しだけ間を空けて、軋間が問いかける。 「誰でも、何でもない。この吾の存在の破壊、それを吾は貴様に望む」 「………自殺願望ならば自分の手で行え」 「そんな趣味はない。それに、壊すといっても今すぐではない」 「……」 再び軋間が瞼を閉じる。 七夜は月を仰ぎ呟いた。 「吾を蝕むもう一人の吾…。 夜を狩る者の名を告いだ吾ではなく。 夜の者の名を告いだ者…。アンタ達で言うところの鬼の因子。 他者を淘汰するためだけに働く衝動。その衝動が、吾という殻を破った時…。 その時、吾を壊して欲しい」 「それは、いつだ?」 「さてな…短い天寿を全うするのが先か、衝動に飲まれ、無様な姿を晒すのが先か…。 吾自身、検討もつかん」 「随分と曖昧だな」 「そうだ、これが吾の唯一の望み。 生ある限り望みは無い。だが、吾の死…その瞬間だけは、吾の意思で選ばせてもらう。 それだけが唯一の望み…まぁ、ただ単に逝くならば潔く逝きたいのでな…」 自身の望み…唯一のそれが『自身の死の選択』。 それは言うならば、最も傲慢な望みではないのか? ふと、そんな考えが頭をよぎり、苦笑する七夜。 「ああ、それと」 「?」 ふと思い出したかのように、七夜が顔を戻す。 「吾を殺せば、貴様は確実に死ぬ。 間違いなく、絶対にな」 「ほう? なぜだ?」 「単純に言えば、七夜黄理が3…いや10人ほど同時に貴様を殺しに来る。 …と言ったところだ」 「…なるほど、それでは確実に死ぬだろうな」 七夜の目に浮かぶは、三人の女性。 一人は、『外法』を使い偶像の名の元に魔を狩り。 一人は、目の前の鬼と名を連ねし、古き鬼の末裔。 そして、こいつが確実な要因となるであろう…。 月の恩恵を一身に受けた美の集大成、そして対峙したものを確実に終わりへと誘う、白き姫君。 これらの『本気』を同時に相手にするのは御免こうむる…。 「どうだ? がらんどうなあんたの生に意味を持たせ、尚且つ依頼達成の暁には自動的に終焉を迎えられる…。 一石二鳥じゃないか」 あまりにも馬鹿げた提案。 普通のならば是も非もなく、断るだろうが。 「…面白い」 この場に普通の『モノ』は存在していない。 その馬鹿げた提案を、鬼は喉を震わせ小さく笑うことで答えた。 「それからもうひとつ」 七夜が片目を瞑り軋間へと向き直る。 「吾の…いや遠野志貴の御守りも貴様に押し付ける」 「遠野志貴?」 「言うなれば吾の表。 それを守れと言っている」 「?…わからんな、貴様は我に何を望んでいるのだ? 破壊か? それとも守護なのか?」 「どちらも我にとっては同意。 御守りも吾のために、そして破壊もまた吾のため…自分自身のため…。 つまり一括すれば守護、と言う訳だ」 「わからんな…」 「気にするな、わかって貰おうと思ってはいない」 ひゅう、と小さく吹いた風が、二人の髪を揺らす。 その風に身を任せるように七夜は再び両の瞼を閉じる。 「奴は、遠野志貴は、下手糞な脇役のくせにしゃしゃり出るという悪い癖を持っていてな。 そのせいで吾にも、そして周りにも酷く迷惑が掛かっている」 「…」 「下手糞なくせにアドリブだけで劇を演じようとする大馬鹿者…。誤魔化して誤魔化して…。 誤魔化しきれなくなって、最後は結局吾が代役を務めるはめになる」 まぁ、吾と言っても表層上の…『台本』だけの役割だが、な。 と、心の中で苦笑する。 「そして、吾と言う『見張りが』代役を務めれば務めるほど、『猛獣夜者』は隙を見て表へ出ようとする…。 それを分かっているのか…いや、判っていながら判っていない…大馬鹿野郎…」 「…」 「故に、貴様に吾の抑止を頼みたい」 「…一応聞いておこう、断った場合は?」 「殺す」 間を置かず、当たり前のようにそう言い放つ。 顔見知りで殺さないと言っておきながら、あまりにも矛盾した答え。 いつの間にか、その左腕には刃は出ていない七ツ夜が逆手に握られている。 「それで頼みとは、よく言う…」 またも喉を震わせ、笑う。 「だが、生涯において二度目の他者の望み…我の存在の肯定者。 そして…何よりも…」 「弱肉強食を理とする貴様の理念ならば、勝者の在り方は絶対だろう?」 にやり、と形容できる笑いを軋間に向ける。 それを向けられた軋間もまた、にやりと笑う。 「然り」 ――――肯定の意。 軋間は七夜の依頼を…そのあまりな要望を受け入れた。 その答えに満足したのか、今度はゆっくりとした動作で、七ツ夜ポケットへと仕舞う。 「―――ひとつ、聞きたい」 しばら静寂に浸っていた軋間が口を開く。 「遠野志貴は我がこの呪われた力で守らせてもらうわけだが…奴が表だと言うなら…。 貴様は、どうするのだ?」 「……」 その訪い掛けに、しばらく黙っていたが。 溜息をひとつ、口を開いた。 「代役は代役らしく、舞台袖でのんびりさせてもらうさ…。 役所は心得ているつもりなのでな」 そして再び、空を見上げる。 そこには宴の始まりから、荒々しい宴を達観しつづけた空の司会者。 その姿は既に無く。 東の空がぼんやりと淡い色を放ち始めている。 「必要な時、必要な舞台で…必要な役者殺人貴を演じる。 代役者とは、そういうものだろう?」 …こうして、気まぐれに始まった饗宴は終わった。 宴もこれにて終了。 次の出番はいつになるか…。 すぐに来るやもしれんし、もう永劫に来ないかもしれないが。 ――――今宵はもう疲れた…。 さて、次の夜まで眠るとしよう…。 饗宴:完 「――頼みついでで悪いが…」 「何だ?」 「遠野の屋敷までこの体を届けてくれ」 「……」 翌日、とある屋敷に半裸の青年を抱えた半裸の巨漢が訪れ、新たな宴が催されたのはまた別のお話…… <あとがき> 饗宴ついに完結(?)です。 長い間お付き合いくださった方、感想をくれた方、応援してくださった方、この場を持ってお礼申し上げます(ふかぶか) 作者の自堕落な性格と管理能力のなさが発現して、だらだらと続いたこのお話もひとまず終了。 漫画でバトルって大変なんだなぁと、しみじみ思いました。 さて、この作品『七夜』が描きたいだけで描き出したら、いつのまにか『軋間救済』になってました(ぉ だいたい軋間は殺されるオチが多いので…つーかああいうだんまり巨漢(ヘラクレスとか)は好きなので、 なんとか生かしてやりたいな、という思いから急遽変更。 こういう終わり方もありかなってことで相槌を打ってもらえるとありがたいです。(むしろ打て) ではでは、作者の趣味と偏見が生み出した出鱈目戦闘巨編(ぉ)もこれにて終幕。 みなさま本当にありがとうございました!! 2004/7/19 <無駄に長いだらだらとしたあとがき対談> そして次回は禁断のラブロマンスが!! 七夜:はじまらんぞ OH!? ぼーいずらぶ然り、マッスルらぶが始まるのかと思ってたのに… 軋間:… 七夜:貴様は一度、何度殺せば本当に死ぬのか…この腕が千切れるまで解体してやろうか? あ〜はいはい、そんな物騒な話は後々、さっさとあとがき行ってみよう〜 七夜:自分で振っておいていい気な奴だ… さてさて、今回、約半年も掛かってしまった饗宴、ここに終結でござる。 軋間:結局我は生きているが、いいのか? あーいいのいいの、それが目的だから。 七夜:そうなのか? うむ、この饗宴は、言わば七夜あーんどキッシー(軋間の愛称)を表舞台に立たせるための布石なのだー! 七夜:そのための『FIN?』か? あーあれは何となく。 また後日談を書きそうだし… 七夜:この自堕落無計画駄目管理人め… HAHAHAHAHA何を今更…。 まぁ表と言っても七夜はあんまりでないんだけどね(汗 七夜:まぁな、それに表はアイツの領域だ。 必要も無いときに代役が出ることもあるまい。 まぁ他の物語では出すけどね…っと、話を戻そう。 軋間:最初から脱線していたような気がするが… うるさい黙れ。 しっかしやっとこさ終わった…長かったなぁ〜(しみじみ) 七夜:最初と最後あたりの絵の落差が激しいけどな… うるさい黙れ。 技術の向上が見れてすばらしい作品と褒め称えろ! 軋間:それほどまでに最初の絵はまずかったと自覚しているのだな? orz 七夜:しっかし、随分とまぁ無茶な戦いをさせてくれたものだ… 軋間:妙な設定まで作ったからな… 夜者とキッシーの鬼神形態かね? あれは最初から計画済みだったのだからしょうがないでしょう… 軋間:ようはスー○ーモードみたいなパクリがしたかっただけだろう… 言い返せねぇ…orz 七夜:むしろそれだけのためにこれを描いたんじゃないだろうな うるさい黙れ。 軋間;更新もやけに早かったり遅かったりと滅茶苦茶だったしな… うるさい黙れ 七夜:無様…なんて無様… うるさい黙れ。 軋間:最低最悪とは、まさにコイツか… うるさい黙れ 七夜:最初から文にしていれば、短くてすんだというのに… うるさい黙れ 軋間:それに… うるさい黙れ …… … そして唐突に終わる。(なんて奴だ!?