月姫〜ワラキアの夜〜
短編〜In ネロ・カオス If〜
「ふふ、少年、また私に会ったな?」
「志貴!よりにもよって、アイツの事を考えていたのですか!?」
「いや〜、アイツがまた出てきたら厄介だろうなぁ〜って、少し思ったんだけどね」
俺は隣にいるシオンに、少し困った表情で言った。
「ふむ、流石は10位のポテンシャルだ。私本来のポテンシャルよりも遥かに優れているな」
そう言うとワラキアの夜・・・いや、噂を具現化して再び現れたネロ・カオスは、
自分の身体の感覚を確かめるように、手の平を握ったり開いたりを繰り返した。
そう、今俺達の目の前に居るのは、以前俺が殺したはずのネロ・カオスそのものの姿だった。
もっとも、流石に本人という訳ではなく、ワラキアの夜が作り出した仮初のネロ・カオスなのだが・・・。
しかしシオンが言うには、噂が具現化しただけあって、本物のネロ・カオスとなんら変わらないポテンシャルを持っているらしい。
確かに奴から感じるプレッシャーは、以前本物から感じたのと何ら変わりなかった。
「さて少年、再び合間見えたのも何かの縁だ。今、再び殺しあおう」
そう言うとワラキア―――否!ネロは俺に向かって獣達を放った。
「ちっ、シオンは下がっていろ!俺は・・・アイツを殺す!」
軽く舌打ちをしてからシオンに言うと、俺は七つ夜を取り出して、襲い掛かって来る獣達に構えた。
飛び掛ってきた犬を交わしざまに、七つ夜を一閃して殺す。
続けざまに、二匹目、三匹目と殺していった。
「ふふ、流石は一度私を殺しただけはあるな」
ネロは薄っすらと口元を歪めながら言う。
「ふん、それで?まさか此れで本気という訳ではあるまい?」
ああ、俺の中で七夜の血がアイツを殺せ、殺せ、早く殺せ、一秒たりとも長く生かしておくなと囃したてる。
ああ、分かっているさ。あいつは化け物だ。そう、俺の中の七夜の血が、七夜の退魔本能が、あいつを目の前にして生かしておく訳がない。
ならばやる事は決まっている。あいつを、目の前の化け物を・・・完膚なきまでに殺すに決まっている!
「ふっ、当然だ。では・・・本気で行くぞ!」
ネロはそう言うやいなや、次々と獣達を放った。
獣達が声無き声で咆哮したのを肌で感じながら、俺はゆっくり深く息を吸い、吐き出し、七つ夜を強く握り直した。
ライオンが、トラが、熊が、豹が、ワニが、鮫が数十匹俺に向かってくる。
取り合えず、突出して向かって来た豹を数匹纏めて、閃鞘・八点衝で殺した。
殺した直後に俺は嫌な予感を感じて、大きく後方に跳びず去った。
その直後に、今まで俺が居た場所に上空からカラスの群れが突っ込んで来た。
カラスが突っ込んだ場所は、小さなクレーターに成っているのを見て、俺は背中に冷たい汗が浮かんだのを感じた。
「ふむ・・・あの不意打ちを交わすとは・・・。以前よりも戦闘能力が向上しているのか?」
ネロは何処か感心した素振りを見せながら言った。
「ネロ・・・お前・・・不意打ちなんて何時覚えたんだ?」
俺はふと気になって、その事をネロに問いただした。
何故ならば、本来吸血鬼達は、己の身体のポテンシャルの高さ故に、戦術や戦闘術を疎かにしがちだからだ。
かく言うネロも前回は、真正面からの力押ししかしなかった。
「ふむ、前回の敗戦からな。我々二十七祖は、己の身体のポテンシャルにたよって、戦術や戦闘術等を疎かにしがちだからな。
今回は前回の二の鉄を踏まないように、戦術や戦闘術も組み込んでみようかと思ったまでだ」
ネロはそう言うと、新たに獣達を生み出した。
「ちっ、余計な事を学びやがって・・・。まぁ良い、それならそれで、貴様ら化け物を殺す楽しみが増えると言う物だ」
ああ、嘗て俺と死闘を繰り広げたネロを前にして、俺の意識の奥底で眠っていた七夜が目を覚まして逝くのを感じる。
目の前の化け物を殺すという事。
ただそれだけを思い、殺せるという事に喜びを感じている。
ならば委ねよう。
目の前の化け物を殺し尽くすまで、この甘美なる殺人衝動に。
ならば委ねよう。
目の前の化け物を殺し尽くすまで、収まる事の無い七夜の退魔衝動に。
だから委ねよう。
目の前の化け物を殺し尽くすまで、遠野志貴ではなく、七夜志貴としての意識に。
そうすれば―――
目の前の化け物ごとき、簡単に殺し尽くせるだろう。
だから此れからは、遠野志貴ではなく、七夜志貴として目の前の化け物と殺しあおう。
吾は今から七夜志貴なり。
ならばこそ、こう言おう。
「吾は七夜、退魔士にして、生粋の暗殺者たる七夜なり。
吾は面影糸を巣と張る蜘蛛―――ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ」
吾はそうネロに言うと、ニヤリと笑いかけた。
志貴の雰囲気が変わった・・・
私はハッキリとそれを肌で感じた。
いや、肌だけじゃない。
私の持つ七つの分割思考も全部使用して、先程までの志貴の動きと今の志貴の動きを比較してみたが、
明らかに今の動きの方が速くなっている。
いや、速さだけではない。
技のキレも、無駄の無い動きも、先程と比べて、全体的に3.74倍は良くなっているという結果が出ている。
此れは如何言う事だろうか?
私は志貴に繋いであるエーテライトから、志貴の記憶を引き出し、再調査してみることにした。
・
・
・
再調査して分かった事は、今の志貴は遠野志貴ではなく、七夜志貴という人格が表に出ていると言う事だった。
元々志貴は遠野ではなく、七夜という日本の代々続く退魔士の家系の当主の長男と言う事らしい。
七夜は退魔士でありながら暗殺者という変わった家系で、近親結婚を繰り返して、自分達の特殊能力を次代へと残し、
さらに人外への者へと対抗する為に、肉体や技を長い時をかけて昇華していった一族らしい。
この辺の記憶は、志貴が幼い頃に一族が遠野によって滅ぼされてしまった為に曖昧だ。
そして如何やら今の志貴は、幼い頃にその体とにと刻み込んだ七夜としての技術を、100%発揮している状態のようだ。
さらに退魔士としての退魔本能や、殺人衝動を抑制しないで発揮している為に、今の動きが出来るようだ。
志貴は襲い掛かってくる獣達を、無駄の無い最小限の動きで次々と殺していった。
ザシュッ!!
「今ので146匹目・・・。まだまだ先は長いな」
「ふっ・・・閃走・六兎」
ダンッ!!
志貴は地面を踏み抜くような勢いで蹴り上げると、目の前で腕を大きく振りかぶっている熊に蹴りを加えた。
数百キロはあろうかという熊の巨体は、志貴の蹴りによって大きく揺らいだ。
熊が再び体勢を整えない内に、志貴は熊の死線を素早くなぞって切り裂いた。
「閃鞘・八穿」
志貴は自分へと飛び掛ってきたトラの更に上へと逆さまに跳び上がり、手にした七つ夜をトラの死点へと突き刺した。
更に志貴は、体が崩壊する寸前のトラの背を足場に、上空にから志貴を狙っていたカラス達へと飛翔した。
「閃鞘・八点衝」
志貴の腕が残像を残す程の速度で動き、数十にもなる七つ夜の残光と共に、上空で一箇所で固まっていたカラス達は、全て殺し尽くした。
トン。
志貴は膝のバネを使って、地上数十メートルから着地したとは思えないほど、小さな着地音と共に地上へと降り立った。
「ハッ!閃鞘・一風」
ドンッ!!
近くに居たライオンを閃鞘・一風で強く地面に打ち付けて、足で死点を踏み抜いた。
「くっ、何故だ!?直死の魔眼を持っているとは言え、何故高々人間があんな動きが出来る!?
前回の二の鉄を踏まぬように、戦術も戦闘術も駆使した。それなのに何故、あの人間はまだ死なぬのだ!?」
ネロが驚きと忌々しい思いが混ざり合ったような声でうめいた。
「何よりも信じられんのが、あの少年の動きだ・・・。所詮は人間、それが何故あのような動きが出来る!?
まるで蜘蛛の様な動き・・・。そして、人間とは思えぬほどのスピード、パワー、テクニック・・・。
以前私を殺した人物と、同一人物とはとても思えん。一体あの少年の身に何が起こったというのだ?」
ネロには理解出来なかった。
否、理解するのを学者としての本能が拒んだのだ。
吸血種でもない唯の人間にあんな動きが出来るはずが無いと・・・。
ネロは知らなかった。
前回と違い、少年が遠野志貴ではなく、七夜志貴だと言う事を・・・。
そして、七夜という一族が日本でも有数の退魔一族であったことを・・・。
七夜志貴の父親が、退魔士の中でも最強と謳われた存在である事を・・・。
何よりも七夜志貴は、その最強と謳われた七夜横理をも超える退魔士であり、殺人貴である事をネロは知る由も無かった。
「くっ、こうなれば仕方があるまい。一匹を残して、全ての獣達を少年にぶつけるより他、私に勝ち目は無いな・・・」
そう言うやいなや、ネロは一匹を除いた全ての獣達を志貴へと突撃させたのだった。
しかし何故ネロは、一匹だけは戦闘に参加させようとしなかったのであろうか?
「ん?そうか、ようやく全ての獣達を出す気になったか」
志貴は猛然と此方に向かってくる獣の群れを見ながら、口元を吊り上げて薄く笑った。
「それにしても・・・、象は大きいだけに少し厄介か?」
獣の群れには、象や北極熊等の大型動物の姿まで在った。
「だが、吾に殺せぬものは無い!」
そう言うと志貴は、獣の群れへと自ら突っ込んでいった。
「ハッ!」
志貴は象の前足の死線を切り裂いて、前のめりに倒れて来た象の首に在る死点を突き、無に返した。
ブンッ!
象を殺した志貴の背後から、北極熊がその巨腕を存分に活かした攻撃を仕掛けた。
「ふっ」
だが志貴はその一撃に冷笑を浮かべ、北極熊から離れるのではなく、逆に北極熊への懐へと潜り込んだ。
「愚か者め。確かにその巨体から繰り出される一撃は強烈だろうが、自らの懐に入られたら無力と知れ。・・・斬!」
志貴は北極熊を一瞬にして、二十三のパーツに分解した。
続いて志貴は、此方に向かって来た象に向き直ると、少し眉を顰めた。
「ふん、奴の死点は腹か・・・。ならば・・・」
そう言うや否や志貴は、残像を残すスピードで象へと走りよった。
象に辿り着くまでに、数匹の獣を駄賃代わりに殺したのも言うまでも無い。
ザザーーー!!
志貴はスピードを落とさぬままに、象の腹へとスライディングで滑り込み、その勢いのまま象の死点を突くと、反対側から滑り出てきた。
「ふん。吾を殺したければ、もっと技量を磨いてからにしろ」
そう言うと志貴は、次の獲物へと向かって七つ夜を振りかざした。
綺麗、あるいは華麗、あるいは美しい。
志貴がネロの獣達を殺すさまに、そんな言葉が私の分割思考の一部に浮かび上がった。
本来なら殺すと言う所業は、禁忌に値する行為の筈なのに、そんな感覚は無かった。
それは志貴が獣達を殺すさまが、余りにも綺麗すぎたからだろう。
人はどんな行為であれ、最高の純度で、最高の作業を行う姿を見れば、それはもう、ある種の至高の芸術作品を見る感覚に陥るからだろう。
今の志貴の作業がまさにそれにあたる。
遠野志貴では無く、七夜志貴の殺すという作業は美しく、禁忌の感覚さえ凌駕させ、至高の芸術にまで昇華させている。
モノを殺すという作業が、此処まで芸術の域まで昇華されているとは・・・
此れが七夜という一族なんだろうか?
それとも・・・七夜志貴だからこそ、この領域に辿り着けたのだろうか?
だがそう思う一方で、私の分割思考の一部が、あの至高の技で殺されたがっているのも感じ取れた。
あの至高の技で殺されたら、どんなに至福なことかと思う私―――
あの至高の技で殺される為に、私という存在が生まれてきたのではないのかと錯覚してしまう程の妙技―――
そんな一種の奇跡を見れる事への喜び―――
私はアトラスの錬金術師としてあるまじき行為をしてしまった。
それは何時、如何なる状況でも物事を冷静に捕らえ、分析する行為を忘れ、唯、志貴の妙技に意識を奪われてしまったのだから・・・
こんな事ではアトラスの錬金術師として失格と冷静な部分で思いながらも、
私は今がどんな状況なのかを忘れ、時間を忘れ、息をするのも忘れるほどに、唯、志貴の妙技に見入っていった・・・
「此れで・・・終わりだ」
サクッ・・・
ネロが放った獣の最後の一匹を殺すと、一旦周りを見渡す。
「なかなか楽しめた。礼を言おう」
「さて・・・残りはお前だけだな。ネロ・カオス」
志貴はネロに向かって、薄く笑いかけた。
「ぐっ・・・」
ネロは無意識の内にか、志貴から距離をとるように、半歩後ろに下がった。
「くっ。私が下がるだと?まさかあの少年に恐怖を感じたとでも言うのか!?認めん!認めんぞ!
例え直死の魔眼を持つ人間とは言え、私がたかが人間如きに恐怖を感じるなど、断じて認めることはできん!!」
最後の方は、殆ど絶叫に近い声でネロが叫んだ。
「認めろよ、ネロ。お前は吾に再び殺される事に対して、無意識の内にも吾に対して恐怖を感じたんだろう?
あるいは、再び殺される事に対しての死への恐怖かも知れんがな。どちらにしろ、お前は恐怖を感じたんだよ」
志貴は淡々ととした口調で、ネロへと語りかけた。
ギリ・・・
ネロは志貴の言葉に、歯を噛み鳴らす。
「無様な・・・。己の抱いた感情すら認められんとは・・・。もう良い。その魂、極殺と散るがいい」
そう言うと志貴は、ネロへと向かって駆け出した。
「う、うおおオオオオオォォォォォッ!!」
迫り来る志貴へと対してネロは、雄たけびとも絶叫とも取れる声を上げた。
そしてネロは右手を志貴へと向け、その手から先程出さなかった最後の獣を放った。
「ふん。今更何を出そうが最早手遅れだ。斬刑に処す!」
志貴は嘲りの笑みを顔に貼り付け、七つ夜を放たれた獣へと振り下ろす―――
ことが出来なかった―――
七つ夜は、最後に現れた獣の一ミリ手前で、まるで其処に障壁が在るようにピタリと止まっていた。
「クッ!!」
志貴は慌てた様子で、その獣から離れた。
「一体如何したと言うのですか!?志貴!?」
シオンが殺せる筈だった獣を殺さずに、あろう事かその獣から距離を取った志貴に慌てて声を掛けた。
「・・・・・・・・・・」
だが俺は何も答えなかった。
いや、答える事が出来なかったと言った方が正しい。
俺の意識は目の前の獣にその殆どが奪われていたのだから。
「志貴?大丈夫ですか?志貴?」
答えぬ志貴に訝しげな声で尋ねる。
「一体如何したというのですか?返事をしてください!志貴!?」
何処かシオンの声が、近くにいる筈なのに遠くに聞こえる。
シオンが俺の事を心配している様子も分かる。
だがしかし―――
志貴はもう一度、先程出された獣へと意識を向けた。
あぁ、こんな事って在って良いのか?
よりにもよって、最後の獣がアレとは―――
俺はこの場には居ない神を呪った。
状況は最悪だ。
アレが相手では、俺は手が出せない。
せめて、せめてアレよりももっと―――
「志貴!速くその最後の獣を殺しなさい!そうすれば貴方の勝ちは、99.57%は確実なのですよ!?」
俺の考えを遮るように、普段は冷静なシオンが声を荒げて言ってきた。
そうか、シオンは俺が目の前の獣を殺せないのを理解しているのかも知れない。
いや、シオンならエーテライトで既に知っていてもおかしくない。
俺が目の前の獣を殺せない訳――
それは―――
目の前の獣が―――
世間一般で言う所の―――
ネコ・・・と呼ばれる生き物だからだ
たかがネコと言うなかれ、ネコ好きの俺としては、例え偽者だろうとネコの姿をしたものを殺すのは、不可能に近い事なのだ。
しかも色が黒い分、家の愛ネコであるレンにも被ってしまう。
そうなるとますます殺すことが出来ない・・・
そう言えば・・・何時の間にか七夜モードが終わっているな?
七夜モードも、ネコの前では無力だったらしい・・・。
別に今は如何でも良い事だが・・・
爪を振り、牙で噛み付かんと志貴に襲い掛かるネコ。
だが志貴は、七つ夜を持つ手がピクリと反応するものの、反撃にはいたらなかった。
「くっ、何でよりにもよって、最後の獣がネコなんだよ!
攻撃性を考えれば、もっと獰猛で凶悪なのがいるだろうが!」
忌々しく吐き捨てながらも、ネコの攻撃を紙一重で交わしていく。
だがその動きは、先程の動きと比べると、明らかに劣っていた。
「それにしても此の侭だと不味いな・・・。他の獣と比べると動きは劣るが、
体力は無尽蔵そうだし、朝までは幾らなんでも俺の体力が持ちそうも無い」
そこでチラリとネロとネコを観察する。
「だとすると、本体を直接狙うのがベストだが、そうはさせてくれそうもないな・・・。
やれやれ、一体如何しようかな?せめてあのネコよりも・・・・・・。いや、今は考えるだけ無駄か・・・」
ネコは攻撃を仕掛けながらも、ネロを守るように絶妙に己の位置を変えていた。
少年の動きが変わった。
ハッキリと目に見える形で、少年の動きが悪くなったのが分かる。
しかも何故か直ぐに殺せるはずのネコを殺さずに、否、殺せないでいる。
今までの少年の言動と、あのアトラスの娘の慌てぶりから推測すると―――
まさか!!
あの少年がネコを殺せないのは、世に言うネコフェチか!?
確かに人間の中には、そういう趣味の者がいるが・・・
まさかあの少年がそうだったとは・・・
ふふ、此れはまたとない好機。
流石にあの使い魔では、あの少年を殺す事はできまいが、体力と集中力は削れるはずだ。
そうなれば、後は私が直接この手で止めを刺せばいい話。
「ふふ、はぁーはっはっはっははははは」
ネロはこの先に待つ未来を思い浮かべると、我知らず笑い声を上げていた。
くっ、志貴のネコ好きは知っていましたが、まさかネロがネコを使い魔にしているとは計算外でした。
再度この状況を条件に入れて、計算し直さないと―――
まずいですね・・・志貴の勝率が、0.0234%と限りなく低い結果が出てしまいました・・・
敗因の原因は、あの使い魔を殺せないことでの体力切れと、集中力切れですか・・・。
今の志貴が勝つには、やはりアレしか無いのでしょうか?
アレを条件に入れて再び計算をし直すと―――
志貴の勝率が97.87%ですか・・・
流石に七夜志貴としてよりは、勝率は落ちますね。
ですがアレを私がやると、その後の志貴の予測できる行動は―――
・・・ポン!
如何言う結果が出たのか、シオンは湯気が出そうなほど、顔を真っ赤に染めた。
この計算結果はちょっと・・・
そこでチラリと志貴の方に視線を戻すと、志貴はかなり苦戦している様子で、所々怪我をしていた。
し、仕方がありません。
このままでは志貴が殺されてしまうのですから―――
断っておきますが、決して私にそう言う趣味が在る訳ではありませんよ?
シオンは誰に対してか分からない言い訳をすると、懐からアル物を取り出した。
・
・
・
準備が整ったシオンは、大きく息を吸うと、普段のシオンからは想像も出来ないほどの大声を出した。
「志貴ーーー!!此方を見てくださーーーい!!」
ふふ、後少し、後少しであの少年を殺せる。
何とも表現し難い感情が湧き上がるのを感じる。
此れは・・・そう、歓喜。
一度は自分を殺した相手を殺せる、如何ともし難い歓喜が、自分の体を支配しているのを感じる。
ネロは内心自分の勝利を確信し始めていた。
そんな時だった。
傍観者であった筈のシオンの大声が耳に届いたのは―――
「志貴ーーー!!此方を見てくださーーーい!!」
シオンの声に驚いたのか、少年がアトラスの娘の方を向き、何故か体が膠着したのを見て取れた。
「愚かな!命をかけた勝負の最中に余所見をするとは!逝け!」
ネロは己の使い魔に、少年を殺せという最後の指示を出した。
ぐっ!
使い魔の一撃を何とか交わすが、薄く頬を引き裂かれた。
不味いな・・・、予想以上に体力の消耗が激しい・・・。
七夜モードなら、この位まだ余裕なんだけどな・・・。
嘆いてばかりもいられないか・・・。何とかして打開策を見つけないと、このままじゃ嬲り殺しにされるのが落ちだ。
志貴は所々、軽いものだが負傷をしていた。
ちっ!
迫り来る使い魔を七つ夜で牽制してから、その場から大きく飛びのいた。
さて、距離を取ったのは良いが、此れから如何するか・・・。
「志貴ーーー!!此方を見てくださーーーい!!」
え!?シオン!?
志貴は、普段の冷静沈着なシオンからは到底信じられない程の大声に驚いて、殺し合いの最中なのも忘れてシオンの方を振り返った。
ピシッ・・・
シオンの方を見たとたんに、志貴は固まった。
そう、今がどんな状況なのかも忘れて、完全に思考も停止して固まってしまった。
「愚かな!命をかけた勝負の最中に余所見をするとは!逝け!」
ネロが何かを言っていたが、そんな事は如何でも良かった。
今は唯―――
こちらに向かって、何かが接近するのを感じる。
だがそんな事は、今は些細な事だ。
だが近づいてくる何かは、明らかな殺気を伴って俺に向かってくる。
ああ、何で、今、という至福の時をそんな殺気等という、無粋なもので邪魔をするのだろう?
殺気の主が、どんどん此方に向かって近づいてくる―――
ああ、そんなに俺の至福の時を邪魔をしたいのか?
如何やら、近づいてくるのは魔のようだ―――
此処でやっと、志貴はネロ達の事を思い出した。
そんなに邪魔をしたいのなら―――
お前達は―――
殺してやるよ―――
「お前達は・・・邪魔だぁぁぁーーーッ!閃鞘・七夜!!」
志貴は残像をも残さぬ速さで、先程まで殺せなかったネコの使い間を、あっさりと七つ夜の一閃で殺した。
志貴はその勢いのまま、唖然としているネロまで辿り着くと、その胸に在る死点へと七つ夜を突き刺した。
「ば、バカな・・・。何故ネコの使い魔を殺せたのだ?確かに貴様はネコフェチの筈・・・。
それとも、今までのは演技だとでも言うのか?否!ありえぬ!あの状況からでは、演技をする必要は無い!
では如何して、ネコの使い魔を殺すことが出来たのだ?答えよ、少年」
ネロは志貴へと、己の疑問をぶつけた。
「その答えを知りたければ、シオンの方を見てみろ」
「なっ!あ、アレはまさか!?」
志貴の言葉に従って、シオンの方を向いたネロが驚愕の声を上げた。
「そうアレは「ネコのコスプレか!!」
ネロの視線の先には、普段被っている帽子の変わりに、ネコ耳、シッポ、オマケに肉球が付いた手袋を装着したシオンの姿があった。
「だ、だが、私の使い魔の方が、本物のネコに似ているではないか!」
「確かにお前の使い魔の方がにている。だがしかし、シオンのコスプレにあって、お前の使い魔に無いものがある。それは・・・」
「そ、それは・・・?」
ゴクリ・・・
ネロは志貴の答えを、息を呑んで待った。
「それは・・・萌えだ!!」
志貴は力一杯断言した。
「も、萌えだと!?」
ネロは驚愕の表情で聞き返した。
「そう、萌えだ。考えてもみろ。同じ偽者同士なら、お前の使い魔のネコと、
可愛くて、美人で、可憐なシオンがしたネコのコスプレと、どちらがより萌える?」
「そ、それは・・・くっ、確かにお前の言う通りだ。あのアトラスの娘のコスプレの方が萌える。で、では、私の今回の敗因は・・・」
「そうだ。お前の使い魔には萌えが足りなかったんだ!確かにお前の使い魔のネコにも萌えた・・・。
それは認めよう。だがしかし、同じ偽者でもシオンのコスプレの方が、遥かに萌えたんだ!
しかもお前の使い魔は、殺気を漲らせていた。それを比べれば、答えは自ずと簡単に出るだろう?」
「くっ・・・前回は少年を甘く見すぎたのが敗因で、今回は人間の萌えを軽く見すぎていたのが敗因か・・・。
ふふ、少年よ、最早二度と会うこともあるまい。最後に私を二度も殺した者の、名を聞かせてはくれまいか?」
サラサラと粉雪の様に、体の一部が消えていっている。
「遠野志貴・・・あるいは、七夜志貴とでも好きなように呼べ」
「そうか・・・では遠野志貴よ、さらばだ・・・」
そう最後の言葉を残すと、ネロの体は完全に、消え去った。
「志貴・・・」
シオンが志貴にそっと声を掛けた。
「シオン・・・」
志貴もそんなシオンを見つめ返した。
「シオン・・・シオ〜ン♪」
「キャッ!ちょ、ちょっと志貴、落ち着いてください!」
突然襲い掛かってきた志貴に、悲鳴を上げて動揺する。
「此れが落ち着いていられるか!だってネコのコスプレだよ?っと言う事で、レッツ、ゴー♪」
「ちょ、ちょっと志貴!降ろしてください!此れは恥ずかしいです!って聞いていませんね、志貴?
あ〜やっぱり計算通り、結局こうなってしまうのですね?って志貴〜、降ろしてくださ〜〜〜い!!」
シオンは志貴に、世に言うお姫様ダッコをさせられていた。
そしてこの二人は、シオンの悲鳴をBGMに、夜の街へと姿を消したのだった。
その後志貴が、萌えて、萌えて、燃え尽きるまで、一匹の獣になったのは言うまでも無い。